永井オススメ!
中勘助せんせ
- 12月20日 up
- 出版社:岩波書店
- 鈴木範久
- 価格:2,310円(本体2,200円+税)
小説『銀の匙』で知られる中勘助は、文壇との付き合いもほとんどせず、 講演やラジオなどの出演依頼も滅多に受けない作家であった。それゆえ人と 交わることを好まない孤高の作家と思われがちであるけれど、勘助には、 戦前から戦後にかけての二十数年間にわたり、親子ほど年の離れた青年たちとの心の交流があった。
勘助は仏教的影響の強い作家とされているが、勘助をかこんだ青年たちは、 なんらかのキリスト教と関係の深い人々であった。本書はその青年たちのリーダー格であった、 無教会系のキリスト教伝道者、塩田章の記録をもとに、中勘助という作家の素顔に迫った一冊である。
読書会で勘助の作品を採り上げたことをきっかけとして、塩田ら青年たちは、 勘助の家を訪ねるようになった。作者と読者の関係というと、ふつうは読者が作者を訪ねるばかりであるが、 中勘助の場合は、作者が読者を訪ねることもあった。
勘助と青年たちとのあいだには、互いを思い遣るこまやかな心情が通っていた。 塩田が戦争への召集を受け、出征する前に別れの挨拶をするために勘助の家に赴いたとき、 勘助もまた塩田を訪ねようとして行きちがいになったりする。 それはたんなる作者とその読者たちという関係にとどまらない、深い絆である。
塩田は中勘助のことを、「中せんせ」と呼びたい、と手帳に記している。 「先生」ではなくて「せんせ」である。それは小さな生徒がその教師の人柄を素直に慕い、 親しみを込めて呼びかけるような言葉である。その素直な生徒たちは、 「中せんせ」のどこに魅かれたのか。それもまた、塩田が手帳に残した一文から引いてみよう。
「この作者は世におもねることはしない。読者の気嫌を損じまいとする弱気を持合さず、 流行に便乗する器用さもなければ一般によまれる作風ではない。 それだけに流行ならぬ不易なものを求めんとする真実な人生探求者には、 必ずや魂の内壁にカーンとひびくものがある」
勘助の周辺に周辺に集まった青年たちは、勘助の作品とその人柄から多大な影響を受けた。 勘助もまた、塩田をはじめとする青年たちから影響を受けた。それは勘助が真摯な人生探求者だからであり、 また、宗派や教派にとらわれない、勘助の「無仏教」と塩田の「無教会」という、 たがいの仏教とキリスト教に対する包容の精神を持っていたからである。そして、 勘助と彼をかこんだ青年たちとの関係には、「無宗教的宗教」と言うべきものの、 一つのあり方が示されているのである。









