「まだ、問い合わせが続いています。」
「12/17日に向けて、またご予約のお客様の管理に追われています。」
「きっと第2刷も即完売でしょう。」
・・・そう、「ミシュラン東京」です。私の書店人人生の中で、たぶんこの本が
(あのハリーポッターを凌いで)一日の売上としては最高金額を記録したのでは。いやー今回「殺到」
という日本語の意味をカラダをもって体験しました。お客様が「殺到」してこの本をお買い上げになるその現場に
居合わせた私はアル意味歴史の目撃者になったのではないかと思います。掲載された店には予約が「殺到」し、
品切れ後、出版社には書店からの予約が「殺到」している。「ミシュラン東京」の発行の意味は単にひとつの
グルメガイドが出版されたという以上に、東京の食文化とその評価が新しい段階に入ったことの象徴といえるそうです。
お客様に「いいねー、銀座に勤めてればここに載っている店にもなんども行けるねー」って言われます。
いや、ほとんど行った事ないっす。いく予定もあまりありません。私の場合、銀座にいても心は
いつもディズニーファン。むしろファンタジーランドの「クイーン・オブ・ハートのバンケットホール」
でハート形のシーフードフライ食べるほうが何倍も幸せです。もちろん「ミシュラン東京」には
載るべくもありませんが。(あ、東京ディズニーランドは千葉県だから載るわけないか)
先日某出版社の方にお聞きしたのですが、その出版社では今、社内に空前のマラソンブームが巻き起こっているそう
であります。仕事が終わるとお互い誘い合って皇居の周りで”自主トレ”に励む毎日。しかも会社のユニフォームまでつくり、
ついには各地のマラソン大会に”はしご”する徹底振り。お話している最中にもお仲間から東京マラソンの抽選
(人気が高すぎて参加資格は抽選で決定だそうです)に当たったとの喜びのメールが舞い込んできておりました。
いやー、やっぱり中で働いてる社員が元気だと会社も元気なんだなぁ、と妙に納得した単純な私は、
この連休は地域の運動会、球技大会(バスケ)、はたまた近所の子供達と戦闘ごっこ(水鉄砲で)と
連日走り回りました。
・・・・まあ当たり前ですが、普段使わない筋肉を使うとどうなるか皆さんお分かりですね。
足にはサロンパスが「はさみ張り」、背中には「ハの字張り」してあります。
この日記を書くためにパソコンのキーを打つのさえ拷問のようにきつい。
本のページをめくるのも億劫で、通勤電車の中では、日課の読書を断念しています。
やはり毎日コツコツとすこしずづ鍛えるべきですね。こんど”自主トレ”に混ぜてもらおうかなぁ・・・。
ぶしつけですが、梅雨はきらいです。
実家が農家で梅雨の恩恵をめいいっぱい受けているし、誕生日は梅雨の真っ最中の蟹座ですが、
梅雨は嫌いです。だって本屋だもの(相田みつをさん風に)。雑誌の表紙が湿気でまるまっちゃうんだもの。
文庫本がボコボコに膨れちゃうんだもの。お客さんが減っちゃうんだもの~~~~~!!
はぁー、確かに皆さん傘持ってるもんね。片手が埋まっているのに、
それでも文庫買って帰りに読もうかって根性のあるお客さん。ああ、私には後光がさして見えます。
当店で一番大きな紙袋に新刊本満載して買っていかれるお客さん見たりすると、
「震えるぜハート、燃え尽きるほどヒートぉぉ!!」ってジョジョ?な
キャラに変身してしまいそうになります(←注「本屋冥利に尽きる」という意味です)。
雨の日仕様の防水ブックカバーなぞ作って、雨の日にはそれで包んで差し上げたいな~なんて思うのですが、
どうでしょう、社長?
ところで、いつもより人影の少ない本屋さんに行くのも、結構いいもんですよ。
なんといっても、本屋さんの対応がいつもよりいい!!これ絶対です。もちろんご来店のお客様には
何時いらっしゃっても感謝なのですが、混み合っている時間帯はどうしても十分なサービスが行き届かず、
店員としても忸怩たる思いをすることが多いです。その点雨の日は、わざわざご来店いただいて
お尋ね下さったことにはパーフェクトに答えたい、ほんの少しのキーワードしかわかってなくても、
お探しの本を見つけて差し上げたい!やる気満々です。
-「パピエ」って雑誌ある?
-「落ちた葉っぱ」って本ある?
-「ホーネン」って雑誌ある?
-いまお昼のテレビで紹介していた本ある?
こんな難しいお題にも、なんとか取り組むのです。ちなみに、上から「Sapio(サピオ)」
「葉っぱのフレディ」「GAPforMen(ギャップ フォーメン)」
「気づきのしあわせ(小学館刊)」でした。いやはや・・・我ながらよく探せたと思います。
4月に入って、私の通勤途中にある立派な桜の老木もそろそろ葉桜が目立つようになってきました。
この時期当店に足を運ばれるお客様方は見慣れない「研修中」の名札をつけた新人さんを見かけることと思います。
そして、その新人さんはいつのまにか姿を消していなくなっている・・・。
実は彼らは出版社や取次会社(本の問屋さんのようなもの)から研修にきている方々なのです
(もちろんそれぞれの会社の新入社員さん達です)。
数日から、長くは1ヶ月くらいの期間中に書店の業務を実地体験することによって、
業界全体の流れを学びます。自分達が出版した、あるいは販売した本が最終的にどんなお客様の手に渡るのか、
実際にその現場を見ることはとても有意義なことなのです。
社会人一年生の彼らは、たとえ短い期間でもしっかり仕事を覚えようと必死です。
そんなひたむきな姿勢や何気ない質問に、こちらがはっと気づかされたりすることもあります。
ご来店いただくお客様には失礼のないようにスタッフ一同で指導いたしますが、
お気づきの点がありましたらご遠慮なくおっしゃってください。きっとその一つ一つが若い彼らにも
財産になっていくと思います。
柳の芽もやや膨らんで、銀座の街角もめっきり春らしくなりました。
暖冬だ異常気象だと騒いだ割には東京にも遅めの初雪が降り、肌寒い日々も通過して、
いよいよ春到来!の感があります。
進学、就職と、春は新生活がスタートする季節ですね。 「新しいことに挑戦してみたい」
「何かを始めてみたい」・・・そんな衝動に駆られるのも春。 当店も例外ではなく、
こんな衝動にがぶり寄られて、ホームページもリニューアルすることになりました。
(そしてなぜか私が担当に・・・。)
突然のお達しに唖然とする間もなく、馴れないHP作成ソフトを必死で操り、
何とか公開に至りました。見切り発車のため、工事中のページが多いのはどうぞご容赦くださいませ。
順次改定してまいります。教文館が銀座に店舗を構えて今年で122年目、
今後とも皆様に愛される店作りを目指してまいります。
歌舞伎、着物、生け花・・・確かに好きですよ。しかーし!和事オンリーと言うには程遠い人間なのです、
ワタクシ。納豆大嫌いだし。(関係ないか。)
その昔(いつ?)ワタクシはROCKな女でした。当時(だからいつよ?)初来日のクイーン、
エアロスミス、キッス、レインボー、ブロンデイ、チープ・トリックなど、続々と日本にやって来る
バンドのライヴに数え切れないほど行き倒していました。挙句の果て、
「イギリスに行かなければ本当のブリティッシュロックファンとは言いないのだ!」という
訳のわからない妄想に取り憑かれロンドンまで行ってしまった赤っ恥伝説も達成。
そして大好きなロジャー・テイラー(クイーンのドラマー)の愛読書といういうことで
初めて読んだビートニク小説が「路上」(ジャック・ケルアック)でした。ROCKとはまた違うイカレ具合に
唖然としながらも「コレだよ、コレ!」などとわかったふうなことを口走っていた記憶があります。
その「路上」が世界文学全集(河出)の第1回配本、「オン・ザ・ロード」、
青山南さんの新訳で登場とはなんともうれしいニュウスではありませんかっ!
今、既刊の「路上」を読み返しています。新訳、再読・・・、これも読書の大きな楽しみですね。そして、
来年2月の再結成ポリスのライブもね♪
「どうして本屋に就職しようと思ったの?」と訊かれることがあります。
もちろん「本が好き」でなければ書店で働くという選択はなかったわけですが、
どうしても!!という熱烈な気持ちではありませんでした。
でも遥か彼方、昔々の幼い頃を思い返すと、身の辺りにはいつも本が沢山あったことを記憶しています。
姉と一緒に絵本を眺め、先を争って物語を読み、特にお気に入りのものはボロボロになるまでページをめくり、
同じものをまた買ってもらったり。姉妹で登場人物になりきり、台詞のように声に出して読んだりもしました。
かわい子ちゃん役の奪い合いや、「感情を込めて言え!」などと、その度に大喧嘩をしながらです。
そのうちに「ただ読むだけ」の行為に飽きてきて「後日談」を勝手に創作するブームが訪れました。
めでたし、めでたしのあと、ご丁寧にも「更に幸せに暮らす」と「また不幸のどん底に陥る」パターンを考え、
《この子は地味だからもっと目立たせてあげよう》とか、《こいつは気にくわないから意地悪してやる》などと、
今考えると情け容赦ない続編に、姉妹でひゃあひゃあ盛り上がっていましたっけ。
絵が得意だった姉は更にその話を紙芝居に描きあげ、ストーリーにあわせてピアノで効果音まで弾き、
自己満足姉妹2人で、家族や友達に披露するという、赤面イベントまで開催するに至りました。
過ぎ去ったこととはいえ、ああーーー恥かしいなぁ。家庭内の祝い事(なにしろ今だに行事好きの親)
の時はプレゼントの他に必ず図書券が入っていました。
「親が選んだ本」から「自分で選ぶ本」へ・・・それはそれはドキドキわくわくでした。
そして月日は流れ流れて・・・、姉は美大へ行き、私は今や本屋さん。
もし宝くじが当たったら(買わない人は当たらない!といつも言われるのですがね・・・ははは。)
支払いの心配なしに思う存分本を買ってみたいなあー。(もちろん教文館で!)
あ、でもそれを置く場所が、ない!!
人様のお宅に伺った時、巨大ハイビジョンやオール電化などというものには目がいかず、
とにかく本棚が気になって仕方がないのです。長い付き合いの友達でも「えっ、こんなの読んでるんだ!」
と意外な一面を発見したり、自分がずっと探していた絶版本があったり、並べ方ひとつとっても、
各々個性に溢れていて、べらぼうにオモシロイ。以前、私の好きな作家の全集が揃っている
本棚にめぐり会った時などは、「こいつと結婚してもいいか!?」と思ってしまったほどです。
その後、冷静な魂を取り戻したためそういった結果には至りませんでしたが、
一時の気の迷いにしろ物欲というものはオソロシイものですね。皆さんもくれぐれも気をつけてください。
そしてきちんと整理されている本棚を見るたびに、己のそのいい加減さを反省し、
こうしちゃいられないという強い思いで整頓に取りかかるのですが、なかなか捗らず、
まァ、いいかぁ・・・とこれの繰り返しです、情けない。人の本棚を観察する前に自分のをどうにかしろ!
ということですね。
「お父さんは書斎が欲しいんだって。」という住宅のCMを見るたびに
「もっと堂々と要求していいんだョ、この先、何十年ローンを払うのはアンタだよ。」と、
ちょっと気弱そうにみえるお父さんを激励してしまいます。教文館でお買い上げいただいた本たちは今、
どんな棚に収まっているのでしょうか。
接客業で、たとえば当店の営業時間は朝10時から夜10時でございます、という場合、
従業員にはシフトという当番制度があって、たいていその時間を早番遅番というふうに分けて勤務していることは、
ご存知の方も多いと思います。私はこの三年四年、ひょっとすると五年ほど遅番、午後10時までの勤務でありまして、
この顔にピンときたら、というくらい、遅番に指名手配されているのであります。
もともと一日のうちで朝がもっとも不快という、爽やかさのかけらもない夜型人間ですから、
遅番の勤務に不満はないのですが、これだけ長いこと遅番をやっていると、
いつのころからかどこからか、社内に私のことを「夜の番長」などと呼んでいる人がいるとかいないとか。
そんな噂が立つからには、きっとそれだけの理由があるにちがいない、こいつはちょっとしたことで
すぐにキレる、手のつけられぬ不良店員なのではないか、と疑われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
けっして、けっしてそんなことはねえ。いえ、そんなことはございませんのでございます。
正直誠実に申し上げて、私は気の長いほうではありません。十代、二十代の頃には、
「お前は瞬間湯沸し器だ」と親に言われたことこともありましたが、その後成長して、
いまや35才。独身。分別もつき、ゴミの分別も市の条例に従ってきちんとする模範的市民として、
日々生活しております。また、私の人生の信条といたしましては暴力反対。青空に飛び立つ白い鳩を愛し、
鎌倉銘菓鳩サブレを割ることにさえ、「あぁ…」と心を痛め、涙する、(自称)平和主義者であります。
でありますから、私が番長であるはずがないのでありまして、このありがたくない称号のかわりに、
「夜の番人」ではどうだろう、と思った途端に、「夜の番犬」というのが浮かび上がってまいりました。
「ここ掘れワンワン」なんて言って、良い本面白い本という大判小判がざっくざく。
お客様は大喜び。これだ、これ。これを遅番書店人の理想像として掲げ、俺は、じゃなかった。
わたくしは、今後よりいっそう接客に励む所存でございます。けっして噛み付いたりいたしませんから、
どうぞお気軽に、なんなりとお申し付けくださいませ。もし尻尾があったならば、ぶんぶん振ります。
本屋で働いていれば、当然のことながら、新刊既刊さまざまな本が目に入ってくるわけでありまして、
たくさんの本に囲まれて仕事ができるのは、本好きの身にとってはこの上ない幸せであります、が。
面白そうな本があれば欲しくなる、これが毎日あるのですから、あれも欲しいこれも欲しいとなって、
欲しければ買えばよいではないか。ただ、そうはいってもある事情、すなわち経済的事情がそれを
許してくれないという哀しさがあるのでして、三度のメシより、という言葉がありますが、
飯を三度抜いたらさすがにキツい。健康第一です。
三食抜くところを一食抜くぐらいにして、本を買い込む。読みたかった本が手に入ったのだから嬉しい。
さあ読もう、ということになるはずなのだが、そう簡単にはいかない。本を読む時間をいかにして確保するか、
これが問題なのです。朝は炊事洗濯ゴミ出し耳掻き等、何かと忙しく、もちろん仕事中に読めるわけもなく、
家に帰れば、一日の労をねぎらうべく、ビールを一杯、二杯・・・三杯ぐらい飲みたいなあ。
というのが人情、日常というものでありまして、なんだか言い訳めいてますが、
あまりまとまった時間はとれないわけです。となると、仕事の行き帰り、電車の中が貴重な読書の時間。
片道四十数分だから往復九十分近く本が読めることになる。一分一ページとして、往復で九十ページ弱、
うまくすれば百ページ以上読める・・・・・・計算上はそういうことです、計算上は。
しかしいま季節は春。目を見開き、抜群の集中力をもって読んでいるつもりが、
あたたかい陽気にさそわれて、坊やはよい子だねんねしな・・・四十分で三ページ。ああ負けた、
負けました。これが毎日なのだから始末におえない。いったいいつになったら読み終えられるのでしょう。
そのあいだにも、本はどんどん増えていくのです。
人体における腰。これはだいたい体のまんなか辺にあって、「腰」という字を見ればわかるように、
「にくづき」に「要」、すなわち人体の中心であります。人体の中心であるならば、人間存在の中心でもあり、
ということは世界は腰を中心として回っている、といっても過言ではない。かどうかはわかりませんが、
だいじなものは腰にあるのでして、武士の刀は腰の物、月給取りは腰弁当、うまいうどんはコシがある、
と決まっているのであります。
さて、わが書店業界の腰はというと、腰痛であります。長時間の立ち仕事、
重い荷物の持ち運び、そして商売人であるがゆえに腰が低い。日々われわれの腰は蝕まれているのであり、
腰痛は全書店人類共通の苦悩であります。腰痛にあらざれば、書店人にあらず。こういう格言がある、
という話は聞きませんが、私も一書店人として苦悩しております。
私の場合、ふだんはずーんとした鈍い痛みがあるのと、ごくたまに、ビシッ。という痛みが走って、思わず、
うっ。…マンボ! 古い!かなんか言ってひとり寂しく笑っていると思ったら大間違い。
これは何か重篤な症状なのではないかと不安を募らせるきょうこのごろ。いかがお過ごしでしょうか。
とみずからに問うて、今日もやっぱり腰が痛い。
早急に腰痛対策を講じなければならぬところですが、整体、鍼灸、ストレッチ、てもみん、
バンテリン。全然やらない。そんな時間と金があったら、私は書籍を購入して読書にいそしみたい。
こんなことを言えば書店人の鑑のようですが、じっさいはただ面倒臭いだけのことであって、
こうしてぐずぐずだらだらしているうちに、わが腰は悪化の一途をたどるかもしれない。たどるだろう。
たどるにちがいない。ああ怖い。ギックリ腰。へっぴり腰。いったいどうしたら、腰は、書店人の腰は、
快方に向かうのだろうか。
そこで私は考えたのですが、それは仕事をしながら腰痛を治す方法、
いやむしろ仕事そのものがそのまま腰痛を解消する方法であります。日々仕事をしていて、
何がつらいといって、暇であることほどつらいことはない。暇であるとは、
もちろんお客様が少ないということであります。とくに雨の日の夜なんかはそうなのですが、
レジにずっと立ちっぱなしで、ただひたすら待つ。不動の四番。これがいちばん腰にくる。
それでもお客様が来ないから、ああ腰が痛え、と腰のことばかりが気になって、
悪のスパイラル。精神にもダメージがくる。
このような事態を避けるためには、千客万来。これしかありません。
お客様がひっきりなしにやって来れば、こちらはつねに動きがあるわけで、
この運動というのが、腰にはたいへんよろしいのではないか、と私は思うのであります。
ですから、書店人の腰といたしましては、たくさんのお客様に来ていただくことが、
もっとも効果的な腰痛治療法なのであります。これをたんなる希望願望で終わらせないため、
魅力ある店づくりにいっそう奮闘努力いたします。書店人一同、みなさまのご来店を、
心から腰からお待ちいたしております。
先日。休日。家のなかでゆっくりと過ごすことのできない貧乏性のわたくし(じっさい貧乏でもありますが、
それはさておき)、とくに用もないのに外出、あちこちぶらぶらしておりましたところ、一天にわかにかき曇り、
というやつで、雨に降られ、傘もなく、不快。不快だ、と気分を腐らせておりましたが、ふと思いついて、
よく立ち寄る古本屋に行くと、店舗を移転するとかで、全品(一部商品を除く)30%OFFのセール中でありました。
何かいいもんあるといいなあ、なんて店内の棚を見ていると、あっ。わっ。
目に飛び込んできたのが、『織田作之助全集』(講談社、全8巻)。ああもうこれは、
これはもうオダサクがわたくしを、このわたくしを呼んでいる。などと阿呆のようになって、
踊り狂い、笑い死にしたいほどの喜びを抑えつつ、レジへ。「これも、3割引きになりますよね?」
と貧乏性(貧乏)ぶりを発揮して確認のうえ、3割引の代金を払い、よっしゃあ、めでたく手に入れたのでした。
外に出ると、雨は上がり、雲のあいだから日が差して・・・出来すぎた話です。
そういえばオダサクの小説に、雨の場面が出てくるの、あったな。あるある。
「聴雨」これは伝説の棋士、坂田三吉の話。型破りな棋風で一世を風靡し、
名人を自称したために棋界から干されていた坂田が、十六年ぶりに復帰する。
その対局で最初に打った奇手が「私」を感動させるのだが、結局それがあだとなって、
坂田は負ける。対局の最終日は雨。坂田に付き添っていた娘の玉江とともに帰るところ。
迎えの自動車に乗ろうとする時、うしろからさした傘のしずくがその首に落ちた。
令嬢の玉江はそれを見て、にわかに胸が熱くなった。冬の雨に煙る京の町の青いほのくらさが車窓にくもり、
玉江は傍のクッションに埋めた父の身体の中で、がらがらと自信が崩れて行く音をきく想いがした。
雨、そのひとしずくに人生の哀しさを凝縮してみせた、名場面。オダサクはん、ええこと言うなあ、
たまりませんわ。それから、「木の都」久しぶりに自分の生まれ育った、上町と呼ばれる大阪の下町を訪れた
「私」と、レコード屋の店主との交流を描いた作品。レコードを数枚買い、出ようとすると雨。
傘を借りて、十日ほどのちに返しに行き、帰ろうとするとまた雨。「傘が取り持つ縁」で親しくなった
その店主は、もと京都で洋食屋を営業していて、「私」は京都での学生時代によく通っていたのだった。
店主には新坊という息子がいて、名古屋に徴用で行ったのだが、寄宿舎で雨の音を聞いていると、
家族が恋しくなって無断で帰ってきてしまう。そんな息子を店主は送って行ったのだが、
その後も新坊はふらふらと帰ってきてしまい、店主はそのふがいなさを嘆いたりしていた。
ところが、ある日「私」がレコード屋を訪れてみると、店は閉店していて、隣家の人に聞くと、
名古屋に行って新坊と一緒に暮らす、というのである。レコード屋が店を閉じるとともに、
「青春の回想の甘さは終り、新しい現実が私に向き直って来たように思われた」
短いものですが、この作品、わたくし大好きであります。
昨年夏、大阪に行き、この辺を歩いたのですが、作中にも登場する生國魂神社、
源聖寺坂、口縄坂や、すこし足を伸ばして四天王寺など、静かで、いいところです。
今月、夏期休暇をいただきまして、ふたたび大阪へ行ってまいります。
なお、「聴雨」は『世相・競馬』(講談社文芸文庫)、「木の都」は『夫婦善哉』
(新潮文庫、講談社文芸文庫)にそれぞれ収録されています。
やはり、書かずにはいられないので(忘れない様に・・・)、>書き残しておきます。
昨日、11月22日に 話題のミシェラン東京が発売になりました。
テレビ等でも、かなりの盛り上がりだったため朝7時30分から準備万端、販売開始、
おなじみハリーポッターをもしのぐ?勢いがありました。
まずは、11時のピークで店の外側へ数人のお客様に並んでいただく状況で大変にご迷惑を、
おかけしてしまいました(申し訳ありません)。以降も、途切れることなく売れ続き・・・
(JJやCanCamの発売日でもあり)かなり大勢の、お客様にご不便をおかけしたかと思います(重ねてお詫び申し上げます)。
お蔭様で、19時に完売となりましたが、全く予想していない状況のためここでも、
多くのお客様に、お断りをしなければならなくなってしまいました。嵐の様な、一日でしたが、色々な事も学びました。
少しずつ、寒くなってまいりました。通勤に自転車を走らせていますので(もう2年位かなあ)、
直に季節を感じています。まあ、普通のママチャリなんですが、それでも風を切って(ビュン!)ぐいぐいこいでいると、
なかなか気分が良いものです。ほとんど、決めた道を走るのですが、朝には、今日のやりたい事をうっすら考え
夜には、その反省とそして切り替え(ホントかなあ)したりしてますと景色も色々違って見えるわけです。
仕事でも、(最近は若いスタッフにおまかせですが)時には年期の入った自転車で銀座を走り回ったりもします。
(御用聞きですね)都会での、移動にはホントに自転車が便利で・・大好きです。
先日、スタッフのおすすめで読んだ・・サクリファイス・・
自転車スポーツミステリーには、(そのスピード感に)圧倒させられました。
ほんの少し、早こぎをする自分が笑えました・・・。
ちょっと、早いですが・・・2階では、クリスマスフェア!スタートいたしました!
その昔・・まだ児童書が2階にあった頃・・なかなかの盛り上がりを見せていたものです(・・回顧)
そんな楽しい12月を目標に、スタッフ皆で考えたフェア-です。
プレゼントにお勧めの本、そしておなじみロバート・サブダのしかけ絵本(新作もございます)は圧巻です。
ぜひ飾り付けとともに、ご覧ください。いつもとは、違うプレゼント包装もご用意しています。
まだまだ不完全ですが・・少しずつメンテナンスを繰り返しながら、
お客様に、楽しんで選んでいただけます様、ほっとできる売り場にいたします。
どうぞ、お立ちより下さいませ。
日記ではなく、告知という事で今日は ご勘弁を・・・。次回はちゃんとします・・?
予告・・自転車大好き・・
夏休みに旅行に行ってきました(絵日記風?)栃木で温泉にゆっくりつかり、
硝子を吹いてグラス作りにも挑戦!そして自然いっぱいの川でカヌー教室にも参加して10キロの川下りにも挑戦、
普段の運動不足からか、二日遅れの筋肉痛も体験できました(笑)
楽しい幸せな一時を過ごさせていただきました。
それなのに、移動中や食事中、さらには、自然を満喫していても、
ふと・・あぁ今頃、荷開け中だなぁ~とか、開店だなぁ~とか、
殆んど病気?(笑)っと思う位、日常を気にしている自分がいるんです。
皆さんはどうですか?
まぁ~そんなのは実は一瞬の事でして、ほとんどの時間は、ぽかーんと
遊びほうけているんですけどね(笑)だからこそ、つくづく休みって必要だなぁ、と思うんです。
誰かが休んでも、皆できっちりとフォローしあいながら、店は動き、時間が過ぎて行く!
疲れたり、リフレッシュしたい時に、気兼なく皆が、休める様な職場が理想です。
そんな、当たり前の事を、しみじみ感じ思った(感謝しながらの)夏休みでした。ありがとう(^^ゞ
さぁ仕事仕事!
順番が回ってきてもなかなか書けず、四苦八苦しております。
〆切もとうに過ぎて、HP担当者に迷惑をかけて、おそらくあきれられているでしょう。
それでも書けずにものすごくもやもやした気持ちで仕事をして何かないかと話題を探し、
それでもいっこうに書けません。つまり、書きたいことがこれっぽっちもないわけです。
ワハハ。
ワハハじゃないよ、と思いつつ再び筆をとり、でも書けず、
今度は書かずに済ませる方法を考え出そう考え出そうとして、これで再び四苦八苦。
書けば済むじゃないかと心の声がガンガン響いてくるのです。
そうやって何日も過ごしているうちになぜだか遅筆の作家の気持ちが分かって来た、
ような気がしてきました。
以前読んだことのある神吉拓郎さんの「ブラックバス」という文庫本の解説に、色川武大さんが、
神吉さんのすごい遅筆は、物事に対する極度の凝り性、洗練を求めるからだと書いていたのを
都合よく思い出して、自分の姿に重ねようとするも、・・・まったく重ならず。
ああ、時間だけが過ぎていく。
えぇ、月日がたつのは早いもので、年が明けて120日ほどすぎてもう5月です。
10代のころは、明日がくるのを待っていたのに、今では明日は過ぎてゆくものになってしまいました。
この調子だと、40歳・・・50・・・60・・・70・・・あっという間に、墓のなか・・・。
このような人生の貴重な残り時間をつかって、この文章は書かれております。
冗談はさておき、このローテーションによる書店員日記、
何を書こうかとさきほどから思い浮かべているのですが、なかなか決めることができません。
例えば、書店員が返答にこまるお客様からの質問、書店員に共通する口ぐせ、
書店における言いまつがいの用例、通勤電車のなかで書店員を見抜く法、書店員の血液型別特徴、
書店員における阪神ファンの割合、書店員が好む靴のブランドなどなど。どれも興味深いものですが、
うぅぅん、今回は書店員における血液、えっ、レジが込んでる?申し訳ございません、
ただいまレジがたいへん込みあってるようでして・・・詳しくは次回に。
小説や文学用語って知っていそうで知らない、また知ってるふりして実はよく分からないことってありますね。
例えば歴史小説と時代小説の違い。わかりやすくいうと、歴史上の実在人物が登場するのが歴史小説。
例えば司馬遼太郎。歴史上の人物ではない、ないしよくわかっていない人物が登場するのが時代小説。
例えば池波正太郎や藤沢周平。
最近はないけれど、以前は文庫でも「教養小説集」なんてでてましたけど、
読んでて教養が身につくと思ったら大間違い。青春時代にどうその人が成長したかを描くのが教養小説なんですよね。
じゃあ、日本では成長小説などとなぜ言わないかというと、大正時代、阿部次郎の「三太郎の日記」という小説があって、
その主人公がどう生きようか悩み成長するのですが、三太郎は様々な古典から教養を得て自分の精神を成長させようとする。
それが、当時の学生にとって必読書となり、成長小説=教養小説という名前になっちゃうんですねえ。
文学史でも大正教養派といったりもします。
では、もうひとつ、自然主義とはなにか。中高生向きの人物事典や、教科書ガイドに国木田独歩の
「武蔵野」(新潮文庫・岩波文庫)は自然主義文学の代表作と書かれていてびっくりしました。
独歩は後半に自然主義的小説を書いていますが、「武蔵野」は落葉樹の自然の素晴らしさを書いたのであって、
自然主義とは関係ありません。自然主義はメンデルの法則のように自然科学の方法で小説を書こうという考えで、
代表作家はゾラですね。一つの家系の遺伝の宿命を描いたのが、「ルーゴン・マッカール叢書」で
「居酒屋」や「ナナ」はこの一部になります。
それと「武蔵野」がどう関わるというのか?思うに、自然主義っぽい小説も書いた独歩が、
自然主義作家と見られ、でも代表作は「武蔵野」だから、「武蔵野」=自然主義となったか、
自然を描いた「武蔵野」と自然主義がごっちゃになったとも考えられます。
でもこういう自然の美しさの再認識というのは浪漫主義ですよね。(浪漫主義についてはいずれまた)
ところで、「武蔵野」の冒頭、「『武蔵野の俤は今わずかに入間郡に残れり』と
自分は文政年間の地図で見た事がある。」とありますが、本当に文政の地図「花暦名所案内」
にこの通り載ってました。も一つおまけ、大相撲で優勝すると優勝力士が大きな杯でお酒を飲みますけど、
ああいう大きな杯を武蔵野といいます。何でかというと、武蔵野は原っぱが広すぎて野を見尽くすことができない
→飲みつくせない大杯ということです。今日はここまで。
サマセット・モームには、「世界の十大小説」という本があります。〈( )内教文館に置いてる文庫名〉
「トム・ジョーンズ」「高慢と偏見」(岩波・新潮)「赤と黒」(岩波・新潮)「ゴリオ爺さん」(岩波・新潮)
デイヴィッド・コパーフィールド」(岩波・新潮)「ボヴァリー夫人」(I岩波・新潮)「嵐が丘」(岩波・新潮)
「白鯨」(岩波・新潮)「カラマーゾフの兄弟」(岩波・新潮・光文社)「戦争と平和」(岩波・新潮).
では日本の10大小説とはなにか?30年前に戦後日本小説ベスト10を考えた時は、
安岡章太郎「海辺の光景」(新潮)、三島由紀夫「金閣寺」(新潮)、吉行淳之介「暗室」(講談社)、
大江健三郎「個人的な体験」(新潮)(「万延元年のフットボール」(講談社)「洪水はわが魂に及び」(新潮)でも可)、
北杜夫「楡家の人々」(新潮)、遠藤周作「沈黙」(新潮)、野間宏「真空地帯」(岩波)、開高建「夏の闇」(新潮)、
安倍公房「砂の女」(新潮)あたりにしたはず。村上龍も村上春樹も登場しない前の話です。
村上龍なら「コインロッカー・ベイビーズ」「愛と幻想のファシズム」「半島を出よ」が候補か(講談社)、
春樹なら「ノルウェイの森」「羊をめぐる冒険」(講談社)「海辺のカフカ」「ねじまき鳥クロニクル」(新潮)が候補か。
三島なら「豊穣の海」(新潮),遠藤なら「深い河」(講談社)という考えもあるでしょう。
戦後派は野間のみですが、「死霊」(講談社)は未完だし(永遠の)、武田泰淳は「森と湖則まつり」が
候補ですが最後が強引にまとめちゃってるんですよねえ。戦争文学なら大岡昇平の「レイテ戦記」(中公)
でしょうが小説じゃない。大西巨人の「神聖喜劇」(光文社)という選択もありますね。
さて,日本の十大小説とは何か?志賀直哉の「暗夜行路」(岩波・新潮)は近代文学の到達点として入れるのはいいが、
あとはどうしましょう。と言いながら、「暗夜行路」ってどうも女性蔑視の視点があるんですよね。(新潮114ページ)
島崎藤村の「夜明け前」(岩波・新潮)はあくまで淡々としてあんまり面白くないんですよね。当店のバイトが
傑作というけどつまんなかったと言ってるので、私も読みましたが期待が大きすぎるんですよね。
例えば、トーマス・マンの「魔の山」(岩波・新潮)、きっと魔の山だから波乱万丈の展開と思いきや、
違うんですよね。大きな感違い。それと同じ。次第に狂気になる主人公をあくまで淡々と描くんですよね。
外はねえ、「雁」(岩波・新潮)なんて悲しいというかちゃんと気持ちを伝えなさいといいたくなります。
まあ時代背景が明治ですからねえ。これ以降、外は小説じゃなくて史伝に走っちゃうんですよね。
「渋江抽斎」の妻五百<いお>なんかてきぱきして魅力的ですね。外はこういう人と結婚したかったんでしょうねえ。
さて、漱石は「明暗」(岩波・新潮)が未完だし、そうすると「こころ」(岩波・新潮)かな。
「吾輩は猫である」(岩波・新潮)だってたいした小説ですけどね。また、横道のそれますが、
大岡昇平なぞ20回は読んだと書いてました。私も、バルザックはえらい、
なんてったって小説の登場人物に名前を付けるのに、一日パリを歩き、
「マーカス」という看板を見て、これだしかも「Z・マーカス」だとようやく決めたんだものいう逸話を吹聴していたら、
ところで何でそんなことを知っているんだろうと考えたら漱石の「猫」に出てたんですよね。
(岩波文庫37~38ページ)
どうも近代文学って短篇に傑作が多くて大小説には破たんが多いですね。
有島武夫の「或る女」(岩波・新潮)の前半はいいですけど後半はダメですね。
あれだけ自立してそうな女性でも明治という時代背景では自堕落になっちゃうしかないか、
親のいいなりになるしかないんですねえ。漱石の「三四郎」(岩波・新潮)の美禰子だって、
あんな自立してそうな女性でも縁談があって結婚してますからねえ。谷崎潤一郎には「細雪」
(新潮文庫)があるからいいとして、荷風には代表的長篇って無いですよねえ。
「墨東綺譚」じゃ短すぎる。芥川も短編作家だし、川端康成も基本は短編作家ですよねえ。
太宰治・坂口安吾・織田作之助も然り。
ところで、岩波の「図書」9月号「京都で谷崎を語る」を読むと、
瀬戸内寂聴さんが「私も『細雪』はいやなんです。どこがいいんだか、わかりません。
なんであれが、あんなに言われるんだか」とう発言に、そうだよ、華があるというだけじゃないか。
ということは、結局一つも決まらない。戦後の小説に行く前に字数オーバーでした。
ここに、候補はかなり出ているので、みなさん<日本の10大小説>考えてみましょう。
受験の神様じゃないけど、「今日はここまで」。次回は「文学用語の基礎知識」です。
7月16日の「梅雨の日の本屋」さんを書いた吉國じゃないですが、
お客様の質問に如何に答えられるかとということが、書店人の力量を測る一つの目安と
いっても過言ではありません。
昔の芥川賞・直木賞を何冊か探してくださいなんてのは序の口。
昭和**年とか第*回ときかれているわけでわないので、自分が憶えているのを
文春文庫の棚の前で探すのがいちばん早い方法です。
漢詩--- まあ、これは「唐詩選」あたりを探せばよし、岩波文庫「中国名詩選」
を探すという手もあります。古典の一部--これは、わかりそうでわからない場合があるんですね。
お客様から、「落花の雪に踏み迷ふ、交野の春の桜狩り」この一節を暗記しているんだが、
それが何の本だか分らないという質問。ネットで検索して「太平記」と分かったが、
さて「太平記」は文庫にない。さてどうしようと30秒考えて、斎藤孝さんの
「声に出して読みたい日本語」にないかとはたと思い、1巻は読んでるから2巻から探そうとしたら
その2巻目のありました。お客様は20年探していたと、その本をお買い求めになりました。
ただ、「太平記」とすぐ思いつかなかったのは残念です。こういう時教養が問われますね。
話は変わりますが、7月30日「カラマーゾフの兄弟」を新訳した亀山郁夫さんの講演会があり、
その後亀山先生を囲んで会食したのですが、古典文学の話の花が咲いて、
「本を読んでるだけじゃなく、こうやってその話をするというのが教養だと私は思いますよ」
という発言があり、その通りと思いました。亀山先生訳の「カラマーゾフ」サイン入り(1巻にサイン)
箱入りセットも販売しております。ご来店お待ちしております。
9月は高校3年生にとって最後の夏休みも終わり、いよいよ本格的受験モードへ移行する時期。
すぐに指定校推薦希望者も校内選考会議で決定する。当然K大やW大は数名程度、学年でもトップクラスが行ける。
かつて我が娘も推薦受験にチャレンジしたが、とにかく常に楽ちんをモットーとするゆえに、
当然、落選。自分でも「仮に推薦を狙うなら、高1の後半くらいから履修科目などをチェックして、
しかもそれ相当の成績がなければダメでしょう!」って負け惜しみ。
そんなこんなで、あっという間に年も明け、お正月。そしていざセンター試験へ。
ところが早くもセンター試験でラッキーにもT大学(注:東大じゃないし、この時期ありえない)
に合格してしまった。-(奇跡その①)
ところがその後の生活態度がひどい、ひどすぎるよぉー!《本当に受験生なの?》って感じで。
朝10時過ぎに起きて、「あ、どうぶつの森やんなきゃ」とか、
「吉井さん(元ザ・イエローモンキーのリーダー)のHPをチェックしなきゃ」って。
おまけに深夜のくりいむなんとかのお笑い番組に大笑い。
実は本人はもうT大でいいかなぁって思っていたよう。
とにかく〆切があるのでT大の書類をコタツに並べて「けっこう書くとこあるけど、うーん面倒くさいねぇ」
と言いつつ、バカ親娘3人で悪戦苦闘。
ちょうどその時。インターホンに「速達です」って。え、誰かクイズの葉書でも出したの?-(奇跡その②)へつづく
しかし、最近つくづく思うんですけど、人間50年(正確には51年)
生きているといろんな事があるなって。でもほとんど忘れているし、実際憶えていてもあんまり意味がないしね。
過去の一喜一憂をいちいち振り返ってみてもこれからの人生にちっともプラスにならないしね。
時間の無駄でしょう。実際、自分自身50年(正確には51年)よりこれからの人生の方がやっぱり大事でしょう。
それでも去年の2つの大事件には正直参りました。本当、かつてないピンチ。
その①
一家の大黒柱(?)である女房の入院(しかも1ヶ月半も)。これにはかなりこたえました。
その間、店長をはじめ同僚の皆さんには大変ご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません。
その②
その影響でしょうか、定期健診での再検査(胃カメラ)。生まれて50年(正確には51年)での初体験。
本当にきつかった。つらかったし、二度とやりたくないですね。
『1回引っかかると毎年やるかもよ、胃カメラ』って、勘弁してよ!
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しかし、「造顔マッサージ」ってタイトルはすごいです。きっと次作6月上旬頃の
「体整形マッサージ」はさらにもっとすごい!ご注文受付中!!
・田中宥久子の造顔マッサージ(DVD付)/講談社
本体価格2000円(税込価格2100円)
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講談社から「シャネル」という大型本が出ている。写真が大きくきれいな本だ。
うちの店からシャネルの店はすぐ近く、ページをめくりながらふと思った。行ってみよう。
セイユー、ユニクロ密着型のライフスタイルを満喫している私にとって、
有名ブランドのお店は全くと言えるほど縁が無い。仕事帰り、なるべく人が
多く入っていそうな時間帯を狙って店の前まで行く。入り口には青っぽい制服を着た警備員さんがいる。
奥にはダークスーツを着た店員さんがいる。見えない敷居がやたらと高い。
言っておくが何らやましい事を企んでいるわけではない。2、3秒立ち止まって通り過ぎる。
しばらく直進してから踵を返し、反対側から再び店の前に立つ。やはり見えない壁がそびえ立つ。
瞬時に決心してそのまま家に帰った。近いうちにまた挑戦してみよう。きっと素敵なお店に違いない。
私は地方の出身で、学生時代も北陸に住んでいた。在学中東京に遊びにきて、
新宿の紀伊國屋本店に初めて入った時は、その規模の大きさと、本の種類の豊富さに驚き喜んだ。
そして、卒業して今とは別の会社に就職し、東京に住むようになってからはしばしば通った。
先日、新宿に用事があり、久し振りにお店に立ち寄った。私にとっては相変わらず馴染みやすい、
くつろぎの空間であった。その古くなった建物も親しみを覚えた。
古ければいいと言う気はさらさら無い。きらびやかで豪華なものを否定する気も毛頭ない。
その日その日の気分によっても変化する。お店をどうやって選ぶかは、
好みや慣れ、相性、気分、立地そして様々な意味での質
(書店の場合、再販制度の適用を受けるため値段の点は措く)などの判断材料が影響しあって決められるのだろう。
教文館は創立してから122年を経た。多くの方々に親しんでいただき、本を選んでもらえる書店がどのようなものか、
これからも考えていきたい。
小学校の夏休み、宿題の定番はなんと言っても日記だろう。
8月下旬、いよいよ休みの終わりが差し迫った頃に、カレンダーを頼りにうろ覚えの記憶をかき集め、
希薄な内容の文章で帳面を埋めていった。一日の出来事を2日分に分けたり、
まとめて書いたのを誤魔化すために、丁寧に書いた翌日分は雑に書いてみたりと、
姑息なことをしていたのを思い出す。
さて書店員の日記
商売上は売れるものが良い商品なのだが、書物の場合、売れるものが皆良い本とは限らない。
また、ろくに売れなくてもすばらしい本もたくさんある。そこでジレンマが生じてくる。
自分が、これは良い、多くの人に読んで欲しいと思う本でも、いつまでも店頭に置いておける訳ではない。
多方面から評価を得ている名著と言えるものもまた然り。ある程度売れ続けなければ返品することになる。
次々と押し寄せる新刊の波、ことに給料日前後の大波にさらされた後も棚に残せる本はだいぶ限られてくる。
これが毎月繰り返される。発売後1年経って店に残っているのは、回転率を維持しているわずかばかりのものか、
担当者の依怙贔屓によるものぐらいとなっている。気に入った本を返品する時には、
ささやかな惜別の情を抱くこともしばしばある。もうひと回り店が広ければ、と思っても詮無いこと。
仮に出来たとしても、後にふた回り目の広さを求めるだけ。限られたスペースの中で、
新旧最善の配分を模索していく以外にない(何だか、
サッカーの代表チームのベテランと若手のバランスに関する議論に通じるところがありそう)。
良い本、おもしろい本は、ジレンマに喘ぎながら、粘り強く残していくよう努めたい。
ここでお客様にお願いです。店で在庫できる品はごく限られています。
店にない本は是非取り寄せるようご用命ください。平日はいつも1人のベテラン社員が、
各出版社や問屋を半日掛けて集品に駆け回っております。必要な本をなるべく早く、
というご要望にお応えできるよう努力しております。しかし、モノによっては調達に時間がかかる
(7日~10日くらい)場合もあり、例外があることを予めお断りしておかなければなりません。
この辺の事情はなかなか複雑なので個々に店員までお尋ねいただければと思います。
文庫本1冊でも、どうぞご遠慮なくお申し付けください。
熱烈に希望しているというわけでもなく、ぼんやりと思っていることがある。
もう少し速く本を読めたら・・・。
昔から、文章を読むのが遅い。遅いからといってそのぶん内容をよく理解しているわけでもない。
細部にとらわれ、肝心な部分は我慢が利かずに読み飛ばす。速く読んでみると、
頭に何も残っていないことに気づき落胆する。まだ試したことはないが、
おそらく速読の指南書で教えていることの逆をやっているのだろう。
明晰な頭脳と鋭敏な集中力でグイグイ読み進められたら格好いいしすばらしいのだが、
思うに任せない。だから「マイペースで読むのが一番。『遅読のすすめ』という本も出ているし、
だいいちあまり速く読んでしまっては精魂込めて書いている著者に申し訳ないではないか」
などと虚勢を張って心のバランスを取ることに努めている。
最近教文館のホームページで各担当者のオススメ本を掲示するようになった。
ここ8年間近くは大事な10冊くらいを軸に、昔の本を読み返すことを中心としていたので、
近頃のものにはろくに目を通していない。勧めるからには簡単なコメントを副えたほうが望ましいこともあり、
少しだけあわてて店内を見渡し、手ごろな本をモタモタと読み始める。
せっかくだからなるべく面白いものを紹介したい。それにはなるべく多くを読んだ上でピックアップしたいとは思う。
しかし今のペースではとてもその思いは叶わない。そろそろ一冊、速読の本を買うことになりそうだ。
やって参りました!まるで早送りの画像を見ているかのように忙しなく、あっ!という間に過ぎ行く「12月」。
空気も乾燥する季節でお肌はカサカサ・・・。やることもいっぱいで気持ちはセカセカ・・・。
と個人的にはうるおいを欲する年の終わりです。
そんなわたしに極上のうるおいを与えてくれるのが、ディケンズの「クリスマスカロル」。
幾度もページをめくり、ボロボロになってしまったけど大切な1冊です。
本を閉じた後は、もううるうるであたたか~い気持ちになります。水分補給完了。今年もありがとう。
書店人日記のローテーションに新しく加わることになりました(ドキッ。。) 遊佐です。
よろしくお願いします!
10月。季節は秋。夏も好きだけど、この秋という季節はとっても魅力的です。
読書の秋。
食欲の秋。
芸術の秋。
なんていうけれど、やっぱり・・・・・・食欲の秋。かなぁ!!(←書店員なのにっ)
すみません。食べること大好きなんです!!
食べるしあわせっていうのは、何事にも変えられないですよねえ。
この季節のお米。炊き立てのつやつやごはん☆
これに敵うものは・・・。噛みしめるごとに甘みがひろがって、お米のほのかな香りを
残してゆく。一口。また一口。もう一杯。しあわせ~。
でも、このしあわせ感は読書にもそっくりそのままいえますよね。