【文学の中の教文館(一)】


芥川龍之介「彼 第二《


1927(昭和2)年1月「新潮《初出。
この作品の「彼《とは、芥川が22歳(大正2年)のときに出会ったアイルランド人の新聞記者ジョーンズのことである。 芥川は銀座が好きで、学生時代から銀座のさまざまな場所に出没し、またそのことを複数の作品に書き留めている。

教文館はこの作品のように実吊で登場したり、「銀座の或書店《「聖書会社《などという表現で何度か登場している。
 ちなみにこの作品が発表された半年後の1927(昭和2)年7月に、芥川は睡眠薬を大量に飲んで自殺する。芥川の末期の作品には、彼の宗教観や死生観が生々しく現れており、大変興味深い。
彼は突然口調を変え Brother と僕に声をかけた。
「僕はきのう本国の政府へ従軍したいという電報を打ったんだよ。《
「それで?《
「まだ何とも返事は来ない。《

 僕等はいつか教文館の飾り窓の前へ通りかかった。半ば硝子に雪のつもった、電燈の明るい飾り窓の中には タンクや毒瓦斯の写真版を始め、戦争ものが何冊も並んでいた。僕等は腕を組んだまま、ちょっとこの飾り窓の前に立ち止まった。

「Above the War ―― Romain Rolland …《
「ふむ、僕等には above じゃない。《
彼は妙な表情をした。それはちょうど雄鶏の頚の羽根を逆立てるのに似たものだった。
「ロオランなどに何がわかる? 僕等は戦争の amidst にいるんだ。《

独逸に対する彼の敵意は勿論僕には痛切ではなかった。従って僕は彼の言葉に多少の反感の起るのを感じた。同時にまた酔いの醒めて来るのも感じた。
「僕はもう帰る。《
「そうか? じゃ僕は…《
「どこかこの近所へ沈んで行けよ。《



当時の教文館周辺。左側の建物の壁面に「教文館《の文字が見える。
(このビルは1923年9月の関東大震災により焼失)

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