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内容詳細

生きることと信じること

宗教改革者として知られるルターは、神学的思索のみならず、悲しみや苦難、そしてそれを乗り越えて生きる優しくも力強い言葉を残している。「信仰」「みことば」「経験」「自由」「人の心」という5つのテーマに沿って、心に響く珠玉の言葉を精選。神学者、説教者、また、夫、父親として、「福音を生きた」人間ルターの名句・名言集。

徳善義和氏による「この本を読む人のために──まえがきに代えて」を冒頭に収録。

 

訳者紹介 湯川郁子(ゆかわ・いくこ)

東京女子大学文理学部卒業。ルーテル学院大学ルター研究所研究員。

訳書 M. ルター『慰めと励ましの言葉──マルティン・ルターによる一日一章』(教文館、1998年)、S. ポールソン『はじめてのルター』(教文館、2008年)、ルター「山上の説教」『ルター著作集第二集』第5巻(共訳、リトン、2007年)、「ヨハネ福音書第1、2章説教」『ルター著作集 第二集』第6巻(共訳、リトン、2010年)、E. M. クック『死海写本の謎を解く』(共訳、教文館、1995年)、M. ヘンゲル『キリスト教聖書としての七十人訳』(共訳、教文館、2005年)ほか。

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書評

神のみことばに生きた信仰者

石居基夫

 ルターの宗教改革から五百年の記念の年が二〇一七年に迫り、ルター自身の著作、またルターに関する研究書も出版、再版が重なってきているように思われる。折しも、昨年カトリック教会の第二バチカン公会議におけるエキュメニズム教令五〇周年を記念して、カトリックと聖公会、ルーテル教会合同の礼拝が行われたが、一方的な正統の主張や教派的分裂を絶対視することの愚かさを思わされる。イエス・キリストの福音を分かち合う時、人間の言葉はいつでも舌足らずに違いない。それでも、人はその生きる歴史的・文化的状況の中で、福音の真理を言葉にし、神の恵みと救いの出来事を確認してきた。ルターの宗教改革とその神学的営為も、そうした意味で歴史の中にその意義を今一度問う時でもあろう。
 本書は、神学論文に限らず、聖書講解や説教、卓上語録、あるいは手紙などから「ルターの言葉」を幅広く拾い上げ、状況の中で生きられた信仰の言葉を浮かび上がらせる。一切の解説を入れずに、ルターの原典引用のみで編集された本書は、おそらく、初めてルターを学ぼうとする方々への入門書というよりも、ある程度の予備知識を持った上で読まれる方がよい。ルターがその時々に、どのような状況の中に生きていたのか、その確認の中でこそ、その「言葉」の意味は見いだされる。
 編者のヴァルター・シュパルンは、既に第一線からは退いている。けれども、ここ何十年かの間のルター研究において、特に啓蒙時代以降の近代思想や哲学との関係の中で、歴史神学、組織神学両方の視点をもって貢献をされた第一人者だ。ルターの言葉を選び、構成して紹介する仕方そのものの中に、シュパルンの神学的関心も現われているように思う。
 「信仰」「みことば」「経験」「自由」「心」という五つの概念が取り上げられ、章立ての項目として全体の構成が整えられている。それぞれの言葉に、ルター自身の信仰の闘いと豊かな神学思想が結晶している。ルター以後の神学は、皆それぞれにこれらルターの言葉に自らの神学の営みのよりどころを求めたかもしれない。
 たとえば、「信仰」の項目では、「心の信頼と信仰のみが、神と偶像、どちらをもつくり出す。信仰と信頼が正しいなら、あなたの神も正しい。逆に信仰が偽りであり正しくないところには、また、正しい神もおられない」(二五頁)とあるが、「みことば」の項目には、逆に「私たちの信仰は、それが神のことばであって、砂や苔や、人の妄想や行いではないという根拠をもつべきである」(六二頁)とある。人間の信仰に神学の基礎をおくような言い方と、神のことばにこそ根拠を見る視点とは、ちょうどシュライアマッハーの自由主義神学とバルトの神の言葉の神学の対比を思わせるのだが、いずれもルターの言葉なのだ。
 あるところには正統主義につながる言葉があるし、敬虔主義的な言葉も見いだす。あるいはブルトマンの実存主義神学などの言説と相通じるものもある。ルター自身は中世末に生きた人であっても、現代に至るまで大きな影響を与えてきたし、またそれぞれの神学者は自分の神学的な文脈の中にルターを引き寄せて読み込むことがあったということでもあろう。いずれにしても、シュパルンは自らの研究の中で確認してきた「ルターの言葉」の豊かさを本書で余すことなく紹介してくれる。
 それだけに、私たちはルターの言葉を自分の状況に引き寄せるのではなく、ルターが何と格闘していたか、その格闘そのものに迫るべきなのではないか。シュパルンによれば、集められたルターの言葉には、ルター自身の「告白」があり、「神学的思索」があり、「信仰が生活へと導入される」ための格闘と指針があり、また「感謝と祈り」が表されているという。神のみことばに生きた一人の信仰者の言葉にふれることで、私たち自身の格闘と福音を伝えるための言葉を鍛えていきたいものだ。

(いしい・もとお=ルーテル学院大学教授)

『本のひろば』(2015年4月号)より