十数年前に日本でもちょっとしたブームになったミスター・ビーンを覚えている人も多いと思う。

いかにも英国的なブラックユーモアぎりぎりアウト(セーフぢゃないっぽい)なところで
設定された、(インテリ俳優、ローワン・アトキンソン演ずるところの)ミスター・ビーン
なる人物が巻き起こす、はた迷惑極まりないコメディである。
周囲の困惑などどこ吹く風でやりたい放題のビーン、とばっちりを受ける人々の
あたふたさ加減が大いに笑える番組だった。
こっそり彼の行動を垣間見るのは愉快だが、こんなヤツとは親しくはなれない、
でも憎めないヤツ・・・、
と感じる点に人気の秘密があるのかもしれない。

「愛の続き」、「アムステルダム」、「贖罪」といった問題作を提供し続ける
イアン・マキューアンの新刊「ソーラー」の主人公、マイケル・ビアードは
ビーンの比ではない、<どうしようもない男>なんである。

社会的地位はたいしたもんである。
なんたって「物質と電磁放射線の相互作用なんちゃら」の功績を認められ、
ノーベル化学賞をもらっちゃってるんですから。
しかし、しかしこのマイケルときたら、モラルの欠如、
自制心なし、私利私欲の塊、下品、不誠実。。。と、
いう、ノーベル賞分を差っぴいたら負の部分しかないという「人間としてどうよ?」な人間。

自分のことは棚に上げて人間不信になり、
荒れ果てた私生活から逃れるように向かった北極圏では、
とんでもない目にあい、それなりにひとさまの温かさや信頼を
感じたはずなのに、喉元過ぎればナントカで、妻とその愛人を
めぐる事件ですったもんだし、太陽光発電の新しいアイデア
(しかも死んだ部下のアイデアを横取り!)でひと儲けしようと企み、
エネルギー業界やマスメディアに振り回され、たかられ・・・。
優しく言い寄ってくる女性陣は明らかに打算的・・・。
なんともまあ、慌しく騒々しく哀しいヤツなんである。

しかし、読みすすめるうちに、ちょいと待ってくれよん、
これってまさに現代社会を人間に置き換えた、その姿が
マイケルなんだ、ということに気づくのですね。
たとえばエネルギー問題ひとつとっても自然エネルギーが
未来に向けて必要不可欠であると説かれている現在、
そこには企業の膨大な利益を虎視眈々と狙う存在は明らかだし、
そしてそれらの介在無しでは成り立たないものなんですよね。
矛盾は多少なりともどこかおかしさを含むもの。
その滑稽をマキューアンは見事に、そして痛烈にマイケルを通じて描ききっている。

人がどう思うと知ったこっちゃない、自分の好き勝手やってきて、
それがまかり通ってきたマイケルのこれからは・・・・、ううーーーーん、
結末は読んでのお楽しみです。

「おもしろうて やがて悲しき鵜舟哉」。
お天道様はちゃあんとみていますよ。
本当の愛情を知ったときが新しいマイケルのはじまりかもしれません。
最後になりましたが、杉田比呂美さんのイラスト、激しくステキです。

「ソーラー」新潮社クレストブックス イアン・マキューアン著(2415円税込み)