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夏目漱石『過去の匂い』(永日小品より)

<夏目漱石夏目漱石『過去の匂い』(「永日小品」より)

1909(明治42)年「朝日新聞」初出。漱石は明治33年6月から36年1月まで、英語研究のためイギリスに留学し、34年4月に 長尾半平(1865-1936)と同じ下宿先で出会い、意気投合する。当時の想い出を書いた小品『過去の匂い』では「K君」として登場するが、「三四郎」のモデルである小宮豊隆(1884-1966)は、「K氏は、このときいっしょであった長尾半平 と、後の下宿がいっしょであった田中某とが、一つの人物に搗き交ぜられているのではないかという気もするが、精しいことは分からない」と書いている。なお、長尾半平 は台湾総督府勤務・鉄道省理事・東京市電局長・衆議院議員を経て、昭和9(1934)年に 教文館初代会長 に就任。「教会合同運動」や「禁酒運動」に熱心に取り組んだことでも知られている。

老令嬢が出て行ったあとで、自分とK君はたちまち親しくなってしまった。K君の部屋は美しい絨氈が敷いてあって、白絹の窓掛けが下がっていて、立派な安楽椅子とロッキング・チェアが備え付けてあるうえに、小さな寝室が別に付属している。なにより嬉しいのはたえず暖炉に火を焚いて、惜し気もなく光った石炭を崩していることである。

これから自分はK君の部屋で、K君と二人で茶を飲むことにした。昼はよく近所の料理店へ一緒に出掛けた。K君はなんでも築港の調査に来ているとか言って、だいぶ金を持っていた。家にいると、海老茶の繻子に花鳥の刺繍のあるドレッシング・ガウンを着て、はなはだ愉快そうであった。これに反して自分は日本を出たままの着物がだいぶ汚れて、見共ない始末であった。K君はあまりだと言って新調の費用を貸してくれた。

二週間の間K君と自分とはいろいろな事を話した。K君が、いまに慶応内閣を作るんだと言ったことがある。慶応年間に生まれたものだけで内閣を作るから慶応内閣というんだそうである。自分に、君はいつの生まれかと聞くから慶応三年だと答えたら、それじゃ、閣員の資格があると笑っていた。K君は確か慶応二年か元年生まれだと覚えている。自分はもう一年の事で、K君とともに枢機に参する権利を失うところであった。

長尾半平
教文館会長時代の長尾半平先生はヨーロッパで、ロンドン、パリ等に滞在して勉強、見学をされた。ロンドンに於いて、丁度留学中の夏目漱石と一緒になった。この事は漱石全集の日記中の中にも
“某日、終日長尾君と話す”
或いはまた
“或日、長尾君と散歩す”
又別な日には
“パリにおける長尾君より来信、其の晩長尾君に手紙を書く、借金の為なり”
と云ふ様な記事が出て居る。かう云ふ訳で、後の文豪夏目漱石と長尾先生とは肝胆相照して交際されたものであった。元来文部省から洋行させられた夏目さんは旅費も充分ではない。然るに台湾総督府から公用で出張した先生は、相当に旅費も豊富である。それ故に何時でも『夏目君、食事に行きませう』かう云って長尾先生が誘ったものである。
――「長尾半平伝」(教文館刊)より

 

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