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内容詳細

ベストセラー作家をはじめ、多くの著名な学者や書評家によって絶賛されたイエス研究書の待望の邦訳!

関連資料を可能な限り広く渉猟し、それらを丹念に検証。そこから見えてくる歴史的イエスの実像を明らかにする。「ユダヤ教 vs. イエス」という従来の見方を覆し、新しいイエス像を提示。内容が信頼できて、しかも面白いイエス研究書。

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書評

本格的な史的イエス研究に導く!

E.P.サンダース著

土岐健治、木村和良訳

イエス

その歴史的実像に迫る

 

浅野淳博

 筆者は一〇年前、オックスフォード大学はクイーンズ・カレッジ学舎二階、大通りに面したエド・サンダース教授の研究室に毎週赴いて、彼の後任クリス・ローランド教授から指導を受けていました。この部屋から各賞を総なめにしたサンダース著、Jesus and Judaism, Paul and Palestinian Judaism, Judaism: Practice & Beliefが生まれたと思うと感慨深くありました。Jesus and Judaismが史的イエスの本格的研究書であるならば、本書『イエス――その歴史的実像に迫る』はその導入編とでも言えるでしょう。

 著者は共観福音書とヨセフスが描く洗礼者ヨハネを比較しつつ、彼を終末思想を持つ教師と位置づけ、彼に師事したイエスも、イスラエル復興という終末的シナリオに期待をかけたと考えます。パウロが原始教会の早期に差し迫った再臨期待を持ちえたのも、史的イエスの終末思想に依拠するのです。

 著者はイエスの奇跡に関し、自らを自然と超自然間の垣根が低かった古代世界観において議論を進めます。奇跡に相応しい顕著な大衆反応が福音書に記されないことから、イエスの奇跡が少数で小規模なものに限られていたと結論づけます。筆者は奇跡の合理的説明よりも、同時代人が抱く奇跡の意義に注目します。彼らにとっては、奇跡=神的存在の証明ではなく、神との親しい関係の証明ほどでした。したがって、イエスの奇跡を神の国到来の兆候(マタ一一・四‐六)と悟るのは、洗礼者ヨハネを含む少数の追従者でした。

 来たるべき神の王国に関して、イエスは徹底した価値転換と完全主義を主張し実践します。完全主義の主要側面は慈悲と謙遜であり、神の慈悲深さと寛大さが完全主義の基準です。この理想主義の中で罪人は悔悛のプログラムなしに受容されます。この点で洗礼者ヨハネとイエスは対極に置かれます。ヨハネが罪人に悔悛を説き禁欲を勧める一方で、イエスは罪人をそのまま受容し彼らと飲み食いします。このようなイエスの振るまいが嫌悪感を招き、ガリラヤでの論争や衝突が引き起こされます。

 著者にとりエルサレム事件は史的イエスを描く主要な題材であり、じつにJesus and Judaismはここに焦点を置きます。著者はエルサレム入城の内に来たるべき王国の王というイエスの自己認識を見出します。そして神殿事件によって、イエスを神的神殿再建という過激終末論者と位置づけます。暴動の誘発を危惧した指導者のイエス逮捕は、これらの自己認識を裏づけます。一方で著者は、最高法院でのキリスト論的論争を史的イエス特定の主要素とは認識しません。なぜなら、当時「メシア」に関する明確な定義はなく、ユダヤ伝統において「神の子」は全てのユダヤ人にあてはまり、「人の子」はそれが終末的人物を意味したとしても、ルカ二二章六九節の「人の子」がイエス自身を指すか不明だからです。したがって大祭司に影響された総督によるイエスの処刑理由は、自らを王と名乗る狂信者の極端な行動が社会秩序の脅威となりかねないことでした。

 イエスが非終末的賢者として描かれる風潮にあり(Borg, Jesus: A New Vision)、イエスを終末思想に根付く教師と理解する点は評価されるべきでしょう。Judaism: Practice & Beliefへの批判は本書にもあてはまり、ユダヤ教を一律的(民主的)に描写する箇所が見られますが、著者はヤハヴェの意志を知ると確信する個人としてイエスをユダヤ教の文脈に置くことで、例えば犬儒派イエスという視点(Mack, A Myth of Innocence)を牽制するのでしょう。初代教会による伝承編纂の過程に関する説明は乏しく、伝承の創作・変更に関しては疑問が残ります。やはり様式史批評再考に取り組むべき時期にあることを実感します(ボーカム『イエスとその目撃者たち』)。史的イエスの余波としながらも「復活」を取り扱い、その様態が何であれ復活体験は事実であったとする結論は、史的イエスと教会史を結ぶ復活体験に注目した点で歓迎されます。この問題に関するさらなる研究が望まれます(Wright, The Resurrection of the Son of God)。

 この良書を秀逸訳によって日本語読者に紹介して下さった土岐・木村両氏に感謝いたします。

(あさの・あつひろ=関西学院大学神学部教授)

(A5判・四八四頁・定価四七二五円〔税込〕・教文館)

『本のひろば』(2011年10月号)より