税込価格:4620円
購入サイトへ 問い合わせる
※在庫状況についてのご注意。

内容詳細

近代日本の幕開けとなる明治から大正にかけて、宣教師や日本人キリスト者たちは九州や四国でどのような活動をしたのか? アメリカンボードの史料や宣教の記憶集団となった現地教会やキリスト教学校への調査をもとに、伝道・牧会・教育への先駈けとなった先人の熱意と苦闘の足跡を辿る。

 

在庫表示は概要となります。詳しくは「問い合わせる」ボタンから直接出版部にお問い合わせください。

書評

第一次史料から読む九州の伝道と教育の歩み

塩野和夫著

ツꀀ近代化する九州を生きたキリスト教

熊本・宮崎・松山・福岡

 

山本裕司

 近代化を急ぐ明治期日本における九州、四国のキリスト教受容について、主にアメリカンボード日本ミッションの働きを中心に論じた本書は、英文史料やその記憶集団(教会、キリスト教系学校)の現地調査等を駆使し、その地を生きた日本人キリスト教徒の実像を「本論」をもって、明らかにしようとする。

 また、本書は、序章「『奉教趣意書』に読む熊本バンド」と結章「近代化する福岡市におけるキリスト教」によって、近代化する九州におけるキリスト教の課題の端緒と、その大正期に至る全体像をもって本論を囲う構造となっている。

 これらの初期日本プロテスタント史研究は、これまで日本語史料に依る場合が多かったが、本書は英文の『アメリカンボード日本ミッション年次報告書』(一八八八―一九〇〇年)によって本論を構成する点で秀逸である。ケーリ宣教師が土肥昭夫氏に託したこの史料は、土肥氏を興奮させ、著者に「こんな史料見たことない」と言わしめる貴重なものである。

 本書は、その翻訳と解説に多くの頁を割いており、これまで断片的にしか判明しなかった日本ミッションの地方「ステーション」や、教会史、キリスト教学校史の空白を埋めて余り有るものである。例えばこの『年次報告』によって、日本ミッションに対する記憶集団の違いに関する分析も可能となる。九州ではその記憶集団は教会であり、四国では学校である。その理由を本書は「排外主義の時期にあってキリスト教学校の当局者が宣教師を排除したか、それとも宣教師と共に教育への責任を負おうとしたかにある」(五九頁)と指摘する。九州(熊本英学校)では、一八八九年の帝国憲法公布後の民族主義の中で、校長が宣教師と対立し、熊本ステーションが閉鎖されるのに対して、四国(松山女学校、松山夜学校)では、宣教師との信頼関係が保たれたことが『年次報告』から示される。一方、伝道において、宮崎では日本ミッションが各地に居住する伝道者を雇っていた可能性が読み取れ、それがC・A・クラーク宣教師の莫大な援助と重なり、九州の教会に記憶されたと推定される。四国の場合、宣教師は周辺から教会を支援したため、宮崎ほどは記憶されなかったと説明される。

 ところで、本書のカバーは宮崎市内に設置される「クラーク先生の銅像」の写真だが、これはクラーク宣教師と二人の子供が対面し見つめ合う構図となっている。著者はこの像において、本書のテーマである「近代化する九州と四国においてキリスト教と出会い、受容し、信仰を生きた日本人キリスト教徒の在り様が象徴的に表現されている」(二四八頁)と掲載意図を述べる。つまり宣教師の日本に対する愛と、日本人キリスト者の真実を求めて止まない内面性が、じっと見つめ合うところに、主にある日本の近代が立ち上がったのだ。それはかつて宇和島の牧師であり、現唐津教会協力牧師でもある著者が、大学や教会内外で出会う人々と交わし合う視線そのものではあるまいか。

 『年次報告』のような第一次史料を読む時の感動は、宣教師たちの伝道の労苦と喜びが(公的報告であって、なお)生の声で聞こえてくるところにある。「雨の中の旅行、畳の上に座ること、そして夜遅くの集会は生身の人間には非常にきつい」(七三頁)。また四国辺境での伝道をこう報告する。「宇和島から約七マイル離れた所から始まり、山を越える道から入った所に、長さ一三マイルの山々に囲まれた美しい谷がある。……この谷に多くの農民が閉じこめられているが、純真で正直で健全であり、活動するのに最も魅力のある地方である。……最近これらの村々で開いた集会の出席者の平均は……七〇人、五〇人、そして土砂降りの雨の中で三五人であった。宇和島周辺の広大な山地にはこのような村々がたくさんあり、まだ手を付けることもなく、キリストに捉えられるのを待っている」(一七七―一七八頁)。

 私たちも、宣教師クラークが持っていた交わし合う視線を求めて、なお困難は続くが、宣教師と初期日本人キリスト者の伝道、教育への厚き志を受け継ごうではないか。

(やまもと・ゆうじ=日本基督教団西片町教会牧師)

(A5判・二五二頁・定価四四一〇円〔税込〕・教文館)

『本のひろば』(2012年6月号)より