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内容詳細

 日本語による初の入門書!
 新約聖書における旧約引用の主たる出典となった「七十人訳聖書」。なぜキリスト教はその最初期からこのギリシア語訳旧約聖書を重要視してきたのか? その成立過程を史料に基づいて説明し、ヘブル語聖書や他のギリシア語訳旧約聖書などとの比較を通してテキストの特徴を明らかにする。

 [目次より]
 第1章  ユダヤ教とキリスト教におけるディアスポラと七十人訳聖書
 第2章  ユダヤ教とキリスト教におけるユニヴァーサリズム(普遍主義)と七十人訳聖書
 第3章  七十人訳聖書の背景としてのヘレニズム時代とローマ帝国
 第4章  プトレマイオス王朝支配下のアレクサンドリアにおけるモーセ五書のギリシア語訳の開始と成立
 第5章  七十人訳聖書以外のギリシア語訳旧約聖書
 第6章  オリゲネスとヒエロニュムス
 第7章  七十人訳聖書と新約聖書
 第8章  七十人訳聖書の諸特徴
 第9章  七十人訳聖書とキリスト教
 第10章   七十人訳聖書の伝承と最近の研究状況

 ◆著者紹介
 土岐健治(とき・けんじ)
 1945年、名古屋市に生まれる。東京神学大学卒業。東京大学大学院西洋古典学専門課程博士課程修了。現在、一橋大学名誉教授。『はじめての死海写本』(講談社現代新書)をはじめ、多数の著書、訳書、編書がある。

 

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書評

初めての日本語による詳しい入門書!

村岡崇光

 初代教会並びにその前後の時代を巡る文献学的研究家としての著者は今更紹介を必要としない。著者の、倦むことを知らない研究、著作活動には驚嘆なきを得ない。量的にのみならず、質の面でもすぐれた著者の作品の一つがここにある。

 七十人訳についての概論的なことは邦語でも聖書事典や旧約概論などに取り上げられているが、突っ込んだ邦語による入門書は本書をもって嚆矢とする。英語その他では、相当に詳しい七十人訳入門書はあるが、この文書がいろいろな意味においてもつ重要さに鑑みて、本書の出版はおおいに歓迎されるべきであろう。本書は、欧米語による入門書に書かれてあることをただなぞったものではなく、著者自身の独創的な視点をも加えてある。ヘレニズム、ローマ時代の関連分野のみならず、それをさかのぼる古典ギリシャ、ラテンの文献をも参照しながら七十人訳が提示する諸問題が論じられている。そもそもどのような歴史的、文化的背景のもとに旧約聖書のギリシャ語訳が成立するに至ったのか、ギリシャ語で思索あるいは著作したアレクサンドリアのフィロンやヨセフスなどは七十人訳とどのように関わったのか、最初はモーセ五書だけの翻訳であったものが、時を経て他の旧約文書も翻訳され、所謂外典、偽典と呼ばれる文書のあるものも翻訳され、さらに本来ギリシャ語で著作された文書も加わって七十人訳というまとまった文書群に成長して行った過程が論じられている。さらに、当初はヘレニズム期の、主としてギリシャ語圏のユダヤ人社会での必要に応えて成立したと思われる七十人訳が、初代教会がエルサレムからアンテオケにその中心を移し、パウロその他の使徒達の宣教活動がパレスチナの外へ拡大して行き、旧約を原語のセム語で読めない信徒が増大するにつれて、七十人訳は彼らの旧約聖書となって行った。土岐氏は、新約聖書の著者達が旧約をただ七十人訳から引用しているだけでなく、彼らの思考様式、表現様式がヘブライ語、アラム語原典の旧約でなく、そのギリシャ語訳によって培われたのではないかを論じる。そのような観点からして、創世記二二章のイサクの犠牲の記述からキリストの磔刑に至る思想の展開の叙述(第7章)は興味深い。

 第3章では、そこから一歩進んで、「アリステアスの手紙」と旧約におけるモーセへの神の言葉の授与と七十人訳の翻訳過程との類似点を興味深く指摘している。

 評者の気づいた点の一部を述べさせてもらいたい。

 七十人訳成立の根拠をユダヤ人のヘブライ語能力の低下にのみ求めるのは一面的(一一三頁)であることは、ヨブ記のアラム語訳が死海文書の中に含まれていることからも知られる。同書のヘブライ語は確かに難渋であるが、ヨブ記が当時のユダヤ教の中で頻繁に読まれていたとか、礼拝の中で朗読されていたとはまず考えられない。翻訳することによって自分の解釈を鮮明にする、文書化して他者にも提供する、というのが動機だったのではなかろうか。

 「七十人訳聖書の諸特徴」と題された第8章では、翻訳された文書の場合は原文との関係、用いられているギリシャ語の語彙、文法、文体などについてもう少し言及してほしかった。

 フランスのアルル(Harl)が始めた、現在尚続行中の七十人訳の仏語訳とその注解シリーズは、七十人訳研究の根本的に新しい方法論を具現化している。翻訳されている部分でも、七十人訳をギリシャ語テキストとして読もうという試みであり、そこからギリシャ語の孫訳や、七十人訳に基づいた教父達の注解や論文に対する関心が理解される。そういう関心がなかったら、評者は七十人訳の辞書(二〇〇九年)作りに四半世紀を費やすことはなかったであろう。年内に出版を予定されている七十人訳ギリシャ語文法もそのような視点からの分析で、これに対して、旧約聖書の本文批評のために七十人訳を参照する場合や、文法、特に統辞論の研究においてセム語原典を出発点とする、という方法も広く行われている。

(むらおか・たかみつ=ライデン大学名誉教授)

『本のひろば』(2015年10月号)より