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内容詳細

家族という集団は人間にとっていかなる存在なのか。多様化する社会において、伝統的な結婚制度は人生の一選択肢にすぎないのか。教会や教育の場で若い世代を長年指導してきた著者夫妻による現代的・実践的な考察!

「結婚生活を迎える方々、その指導にかかわる方々、家庭に苦しむ方々にぜひとも読んでもらいたい。」

英 隆一朗(イエズス会司祭)推薦

【目次】
第一部 家庭──愛といのちの絆
第二部 親と子の関わり
第三部 今日の家族とその課題──崩壊の軋み? それとも新しい形への胎動?
第四部 聖書に見る結婚・家族
第五部 教会と結婚・家族
第六部 付記 私たちの出会い、そして家族の歴史の創造

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書評

体現された「喜び」「恵み」としての家族論

㟢川修

 二〇〇七年秋に長島正先生が帰天され、十年の歳月が経つ。当時、先生が上智大学で持っておられた「家族倫理学」の講義を、急遽担当することになり、先生が使っておられた資料集の小冊子やプリントなどを頼りに、覚束ない足取りで教壇に上がった日のことが、とても遠い昔のことのように思われる。もし先生がお元気でおられたならば、カトリックの大学で家族倫理を教えるなどという、誰もが逃げたくなるような役割を私が引き受けることはなかっただろう。
 
 先生の去った後に残された大きな穴の中を這い回り、私は自分なりに家族論やケア論を会得しようと努めてきたつもりだった。しかし本書を通じ、奥様の世津子先生の声の響きのうちで、改めて正先生の言葉に向き合った私は、自分が大きな穴の中で地面ばかりを見つめ掘り返していたことに、今更ながら気づかされ、恥じ入った。つまりかつて先生がその場所から見つめておられたのは地面などではなく、振り返って穴のなかから見上げる、青空であったのだ......。

 家族を論じるとき、現代の私たちはついそこに「病理」ばかりを発見し、その原因を論じて、気の利いた処方箋を出そうと躍起になる。それほどまでに家族をめぐる状況が厳しい時代であることも事実だ。家族が個人を守り育てるものではなく、傷つけ追い立てるものと化している場面では、家族という物語の呪縛をいったん解きほぐし、その人の支えとなるかかわりを編み直さなければならない。

 しかし、そうしているうちに、私たちは家族の「喜び」を伝えることに対して、臆病になってしまってはいないだろうか。母子関係における愛情の大切さについてはしばし語られるものの、夫婦であること、父であること、あるいは他の様々な家族関係において与えられる「恵み」に適切な仕方で示唆を与えることを、私たちは怠りがちではないだろうか。

 本書の最大の特徴は、家族の絆というものをたんなる「現象」としてでも「教理」「倫理」としてでもなく、まさに「恵み」「喜び」として伝えようとするところにある。それが可能になっているのは、家族関係が伴侶との出会いを通じて開かれ、時を経て実っていく成熟のプロセスとして、「真に」有機的に表現されているからに他ならない。すなわち本書はその有機性を「夫妻共著」として体現しているのであり、夫婦の出会いから「死」という別れを経て、さらにその先までも続けられてきた、対話と共同作業というパートナーシップの豊かな証となっているのである。

 もちろん本書は「現象」としての家族についての理論や、カトリックの教理から導かれる家族倫理についての素晴らしいテキストブックでもある。ただしその視点は決して教条主義的なものではない。著者夫妻はむしろそうした固陋な姿勢からいったん距離をおき、あくまで「人間」の視線からその「愛」と「いのち」の営みを見つめ直し、その中で再び神との関わりを再発見するような方法を、「人間学」の研究教育を通じて探究しつづけてこられた。その豊かな成果は、家庭を人間の生の起点と位置づけ、エリクソンのライフサイクル論を軸に、人間の成長とケアの関係を重厚かつ丁寧に解き明かす正先生の筆致からも、ひしひしと感じられることだろう。

 しかしやはり本書の真骨頂は学問研究を超え、信仰と生活の中から追い求められた「生き方」としての家庭の姿を、青空のような「希望」のうちに謳うところにある。そして最も重要なのは、その源泉が「愛」と同時に「祈り」の中に求められている点ではないだろうか。「死んでも愛しているから」とは、正先生の究極の「愛」の言葉であるが、またそれは無上の「祈り」の言葉でもあったように思われる。

 愛の中にさえ希望が見出せない苦悩のときにも、人間に与えられた力、それが「祈る」ことに他ならない。愛は祈りによって謙虚さを取り戻し、そこから、きっと新たな絆を育むことができる。本書を読むと、そんな希望が青空のように、浮かんでくるような気がするのである。

(さきかわ・おさむ=ノートルダム清心女子大学准教授)

『本のひろば』(2017年5月号)より