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内容詳細

ストロマテイス(綴織)Ⅰ

古代哲学史・ギリシア古典文学研究に必須の資料
グノーシス主義などの異端との論争の中で、信仰と理性の対話を説いた初期ギリシア教父クレメンスの主著。「綴織(ベッド・ カバー)」と題される本書は、プラトニズムをはじめとする古代ギリシアの哲学・文学・歴史などの文化的教養を、神学の諸テー マの解明のために積極的に用いて、異教徒の福音受容の準備として書かれた非体系的な覚書(全8巻、ただし第8巻は偽作の疑 いあり)。2分冊のI(第1巻〜第4巻)では、哲学と信仰の関係、貞潔や徳をめぐる問題、覚知について論じる。

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書評

異教徒の福音受容の準備として著された覚書

津田謙治

 本書はアレクサンドリアのクレメンス(一五〇―二一五)の代表的著作『ストロマテイス』(原題「真なる哲学による覚知に基づいた覚書」)第一巻から第四巻まで(全体としては第八巻まであるが、最終巻は著述のための草案とも考えられている)の翻訳である。本書の執筆目的について、クレメンスは「実証を意図して記された書き物ではなく、わたしにとっての覚書として」(一一頁)書き溜めたとしているが、これは思い付きを羅列しただけの雑多な読み物ではない。彼が「本著作『ストロマテイス』は、哲学教説を混ぜた、否ちょうど、胡桃のうち食べられる部分が殻に覆われているように、哲学教説に隠され覆われた真理を、包含することになろう。というのも思うに、真理の種子は、信仰ある農夫だけに守られるのが相応しいからである」(一六頁)と述べているように、本書は哲学などのギリシアの知恵を手掛かりとして、キリスト教の真理を明らかにしようとする意図をもっている。それは『ストロマテイス』が「綴織」や「絨毯」を意味し、この主題から彼が様々な材料を織り合わせて議論を提示しようとしていることからも窺える。

 その中身を詳細に見ていくならば、第一巻では、キリスト教徒を敬神に導く有益なものとしての哲学や、モーセを中心に据えてユダヤ教の意義とキリスト教との関係が論じられている。第二巻では、我々が神を知るために真理の道に向かうためには、信仰が不可欠であることが論じられている。ここでは同時に、クレメンスの神論が部分的に展開されており、神学史的にも重要な議論を含んでいる。第三巻では、第二巻の途中から展開される信仰と徳に関する議論の展開を引き継いで、信仰に満ちた生という観点から結婚について論じられている。グノーシスに対する反駁から、性的節制と独身制を極度に推し進める立場を批判し、新約聖書を読み解きながら結婚と誕生を弁証している。第四巻では、模範とすべきキリスト者の在り方を考察し、そのために前半に殉教、そして後半から節制と徳の完成が論じられている。

 訳者は、すでに二〇一三年から『ストロマテイス』の翻訳を所属する大学の紀要にて第一巻から順次公刊していた。しかし、見比べてみるならば、本書では本文の表現が洗練されているのみならず、訳注が約三倍に増えており、また総説と解説を併せて五〇頁ほどが新たに書き加えられている。総説はクレメンスの生涯、本書の特徴やギリシア哲学やユダヤ教との関係、そして後代への影響などが論じられており、また解説では、写本伝承およびテキストの種類、各巻の内容などが説かれている。総説は関連分野に関心をもつ多くの読者にとっても非常に有益なものである。また、本書はその性格上、多くの古代の思想、文学、宗教、神話などの引用や比較が含まれており、翻訳は想像を絶するほど厄介で困難なものである。それにもかかわらず、本書だけでなく、現存するクレメンスの著作を網羅的に翻訳されている訳者に深く敬意を表したい。

 なお、訳者の総説においてクレメンスは、「テルトゥリアヌスが『不合理なるがゆえにわれ信ず』と述べたのとは対照的に、哲学すなわち世俗の豊かさに関しては、これを積極的に受容すべきであるとする立場に立つ」(四五〇頁)とある。おそらく、分かりやすく図式化するために訳者はこのような表現を用いたのであろうし、これは一般的な概説書にもよく見られる。しかし、テキストを詳細に見るならば、クレメンスが哲学者を含むギリシア人たちを「剽窃」者と見なし(一三九頁)、他方でテルトゥリアヌスが『魂』において自身がストア哲学に依拠することを表明するのを見るとき、事態は単純ではないことに気づく。我々には、図式化されたものだけでなく、実際にテキストを手に取り、古代の神学者の言葉に触れた上で理解すべきものが多くある。本書は、そのような読者のためにも大いに裨益するものである。

(つだ・けんじ=西南学院大学教授)

『本のひろば』(2018年5月号)より