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内容詳細

サゾル大聖堂の葉飾りに何を見るか

20世紀を代表する美術史家ニコラウス・ペヴスナーと、
ゴシック・リヴァイヴァルを主導した19世紀の建築家A. W. N.ピュージン。
中世ゴシック芸術の名もなき職人たちの謙遜を称揚する2人の言葉から、
神律的社会から乖離した現代における生のあるべき姿を考える。
現世的欲求にとらわれない、真に価値ある生きかたとは?

《目次》

I ゴシックからゴシック・リヴァイヴァルへ
II ニコラウス・ペヴスナーと表現主義絵画における中世主義の精神
III 利潤・営利の追求と芸術の堕落
IV ニコラウス・ペヴスナーが見た中世ゴシック芸術の真髄
V 19世紀イギリスにおけるゴシックの意味
VI 「正しいキリスト者の生きかた」の表象としてのゴシック
VII ゴシック芸術に学ぶ現代的意義

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書評

<本のひろば2021年10月号>

現世的価値基準の呪縛からの解放へ
〈評者〉藤掛順一

 著者近藤存志(こんどう・ありゆき)氏は、イギリス芸術文化史、建築史、デザイン史の研究者である。本書は著者が、イングランド中部、ノッティンガムシャーにあるサゾル大聖堂の内部装飾における「葉飾り」(アイビー、ブドウ、サンザシ、ナラなどの葉を象った装飾)に感動したことから生まれた。美しく鮮明な写真によって読者もその感動を共有することができる。中世の名もない芸術家たちは、なぜこれほどまでに精巧な装飾・彫刻を生み出し得たのだろうか。彼らは「各人の物質的な欲や名声を求めることなく、無名の職人に徹して、キリスト教芸術とキリスト教建築の実現にその一生を献げていた」(61頁)のである。「中世では芸術創造は、人間の名声欲や政治的権力への従属などといった世俗的な欲求や要求とは乖離した、崇高な行為として営まれていて、それは神律的社会の中で果たすべき役割を明確に与えられていた」(74頁)。
 このように語ったのは、二十世紀イギリス最大の芸術文化史家N・ペヴスナーである。彼の先達には、十九世紀前半の建築家A・W・N・ピュージン(イギリス国会議事堂の建築に深く関わった人)らがいる。彼らによるキリスト教的ゴシック・リヴァイヴァルが本書のテーマである。「ゴシックとは、彼らの見かたにしたがえば、自分たちの名声や技量を世間に誇示したいという現世的欲求の介入を許さない、神律的社会において営まれていた芸術創造だったのです。そして、キリスト教的ゴシック・リヴァイヴァルとは、そうした中世に営まれていた芸術創造の姿勢を再び、自分の生きる時代に実践しようとした運動だったのです」(118頁)。
 中世の石工・職人たちは、個人的名声や名誉を求めてではなく、「美を強化するための揺るぎない信仰心」(81頁)を持って、より高次な使命感、召命のために働いた。そこには「周囲から評価され称賛されることを渇望しながら不本意に無名に徹することを強いられ」(119頁)ている現代人への大切な示唆がある。ゴシック時代の職人の生きかたに学び、労働や仕事をこのように捉え直すことができれば、「『労働の喜び』、『労働することで得られる充足感』を、
富や名声、地位の獲得、周囲からの称賛といった現世的・世俗的価値基準の呪縛から解放することができるに違いありません」(134─135頁)。
 ゴシックのこの精神は、イタリア・ルネサンスやバロックの建築や美術においては失われ、キリスト教の主題を扱いながらも、「世俗社会において自分たちの芸術家としての評価を高め、現世的名声を獲得したいという非宗教的欲求」(105頁)によるものに変質した。ルネサンスやバロックの有名な巨匠たちによる、聖書の場面を描いた数々の絵画と、聖書のメッセージとの乖離を以前から感じていたが、その違和感の正体が本書によって明確に示されたと評者は感じている。

藤掛順一(ふじかけ・じゅんいち=日本基督教団横浜指路教会牧師)