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内容詳細

キリシタンの信仰教育の中核を担ったのは、16世紀スペイン人神学者ルイス・デ・グラナダの著作であった。『ぎやどぺかどる』に代表される信心書は、キリ シタン時代の日本人にどのように読まれ、キリスト教の受容にどのように貢献したのか?日本においてキリシタン文学が成立する過程に生じた異文化間の共鳴・ 断絶・受容・変容を実証的研究によって明らかにする。

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書評

キリスト教史の新たな変貌を担って
折井善果 著

キリシタン文学における日欧文化比較
ルイス・デ・グラナダと日本
キリシタン研究第47輯

黒住 真

キリシタンの思想史・教理・信仰論というべき問題については、海老沢有道・尾原悟といったキリスト者やその周辺の方々が歴史を遡ってテキストの記録と認識を具体的に残されて来た。ただ、それを引き継ぎさらに展開する次世代は意外に少ない。この伝統は今後消えるのではないかと私は近来危機感を懐きさえした。しかし本書に出会って手にとり読み進め、やがて安心ともいうべき方向の転換・展開をもらった。
本書は「あとがき」で、日本キリシタン史はこの数年間で東西の地域間交渉史・文化接触史へと「確かな変貌を遂げた」と述べている。ではどのような「変貌」があるのだろうか。
本書はルイス・デ・グラナダという現在あまり知られていないが歴史的にはとても重要な働きをした人をおもに扱い、またその位置・流れを示す。「はじめに」で従来の研究を踏まえた後、具体的に以下のように論ずる(語は一部省略)。
第一部 ルイス・デ・グラナダ
第一章 十六世紀スペインにおけるルイスの著作
第二章 宣教地に流布したルイスの著作
第二部 日本で支持された理由
第三章 説教本としてのルイスの著作
第四章 修徳思想
第三部 キリシタン文学における異言語・異文化接触
第五章 教義における応報の問題
第六章 「報謝」の概念
第七章 「自然(じねん)」
これは、グラナダをめぐる表現を手掛かりとして異文化間の接触の状態を歴史的・場所的に追い求め問い続けるものと言える。これは現在のグローバルな流通によってこそ可能になった「変貌」なのだろう。具体的には、第一部は西欧において、第二部は東・日本においてであり、第三部は日本で見出される内容をめぐり文化とくに思想・信仰に関わる重要な概念をとらえる。ルイスが「観想と活動を統一」する新しいキリスト者であり、俗語を語りながらもトマス・アクィナスの伝統に座すことを詳しく示し、その日本における伝承の更なる姿をはっきりと捉える。議論は単なる伝統論でもただの比較論でもなく、当の世界に深く踏み込み、さらには折井氏自身の受容、また読者自身の問題にさえなっていると思う。
実際には、本書をさらに読み辿っていただきたいが、わたし自身思うに、本書が本質的に出会いまた問うているのは、救済をめぐる論理の連続と超越との差異であり、さらには後者における受難・贖罪の問題である。それは当然ながらキリスト論となる。それをめぐって以下数点考えておきたい。
第一に、多くの日本の「信心」を持つ人々が『罪人の導き』(ぎやどぺかどる)などにとても感動し、『ヒイデスの導師』の日本語訳では、人のみならず四季動植物までも語られる、という。これらは近代日本人がアシジのフランシスコを特に好むことにも郢ォがる。敢えていえば、日本キリスト教の今後の姿、その土着化を方向づけさえするのではないか。
第二に、日本人たちは、根本的に超越性・受難を含みながら、さらに応報を語っているという。ここには、ただの連続ないし超越ではなく、連続と超越と融合の地平があるのではないだろうか。
第三に、仏教における自力・他力の語をキリシタンが実際に用いていることが抑えられている。この意義は大きい。そこに親鸞・浄土真宗が指摘されている。ただし、神との結び付きあるいは『キリストに倣う』は、同時に道元に似る面もあるのではないか。そのあたりも知りたい。
本書が第47輯となる『キリシタン研究』は、第1輯一九四二年以来、出版社・編者・輯副題等を変えながらも、今に継承されている重要なシリーズである。キリシタン史研究は、歴史学・国語学・文学等で重要な仕事が展開している。ただ思想・信仰そのものについては、本シリーズが示すものは重要である。しかも本書で何度かふれるグラナダの『ひですの経』が最近折井氏により実際に発見され、それが『キリシタン研究』第48輯に表されるらしいことは大きな期待を抱かせる。本書また次書をさらに手に取って調べ考えたいと思う。
(くろずみ・まこと=東京大学大学院総合文化研究科教授)
(A5判・三二四頁・定価五二五〇円〔税込〕・教文館)
『本のひろば』(2011年4月号)より