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内容詳細

なぜ、人は何の理由もなく苦しまなければならないのか?

突然襲いかかる自然災害、病魔、事故。ゆえなき苦しみを味わうとき、人は「人生に意味や正義はあるのか」と問う。不条理な苦難の意味を神に問い続けたヨブの伝統的解釈に加え、ユング、ジラールなど神学以外の専門領域から「ヨブ記」解釈に取り組んだ思想家、バルト、グティエレスといった現代の神学者の「ヨブ記」論を紹介。「ヨブ記」を多角的に捉え、ヨブの魅力を新たに探る。

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書評

現代のヨブ記理解に取り組み信仰の本質に迫る

佐々木勝彦著

理由もなく――ヨブ記を問う

 

並木浩一

 著者の二〇〇〇年代に入ってからの著述活動はめざましい。ことにこの二年半の間の出版活動には驚きを禁じ得ない。詩編と雅歌それぞれの精髄に触れた既刊の二冊に続いて、今回のヨブ記論が出版された。それぞれが労作である。

 三部作に共通した特色は最近の知見を取り込みつつ聖書を読み直そうとする意欲、聖書本文の読みの重視、受容史への顧慮、聖書全体への目配り、キリスト教信仰の知的かつ実践的な意味づけにある。詩編の書物は過去の偉大な教会指導者の読み方に大きな関心を注いでいる。雅歌の書物は愛を主題とするバランスの取れたキリスト教信仰論に仕上がっている。本書もまた理由なき苦難を主題として見据え、ヨブ記の思想的、神学的な扱いの全体像を見事に提示した秀作である。

 第一部「『ヨブ記』を読む」ではヨブ記の発言を確認し、第二部「「ヨブ」を問う」ではそれに揺さぶりをかける現代思想家における扱いを検討し、それをバネとして、第三部「『ヨブ記』を生きる」では聖書学、神学、実践を総合したヨブ記理解へと、高揚感を伴ってステップアップする。それによって読者をヨブ記の魅力に誘う。それが本書の戦略であろう。

 第一部はヨブ記本文の眺望を課題とし、ヨブ記の筋書きを追いつつ、登場人物(神も含まれる)の間でなされる議論の要点の把握に務める。現代旧約学におけるヨブ記本文の取り扱いの確認のために、著者は必要と思われるパッセージを選択して新共同訳を掲げ、岩波版旧約聖書の『ヨブ記 箴言』中の「ヨブ記」(並木訳)の訳文を適宜併記する。本文の読み方と重要な術語の理解のために岩波版の脚注および巻末の用語解説を利用する。評者には言いにくいが、この方法は現代におけるヨブ記の読み方を押さえるためには賢明であろう。ただ著者が並木の訳法を一刷に基づいて吟味しているので、一言述べさせていただきたい。並木は増刷の折にミスと訳文を訂正している。二刷以降、四二章二節の「私は知りました」を「あなたはご存じです」へと変更した。それはヨブ記の叙述姿勢に関わる改訳であり、文脈の新たな理解は『聖書を読む旧約編』岩波書店に所収の拙論「対話のドラマトゥルギー」の中で提示した。

 著者は講解者たち(ヴァイザー、関根正雄、和田幹男、浅野順一など)の傾聴に値する洞察を紹介するが、ときには批評を加える。たとえば創造と愛とを結び付ける関根の有意味な着眼については、ヨブ記における詳論の必要を指摘する。

 ヨブは神の弁論を聞き、ひたすら平伏して悔い改めたのであろうか。並木はそのように理解する通説に従わず、ヨブはその真剣な回心においても主体性を保持したと見なす。著者はそれを「動的なヨブ」のイメージの提示と見なして評価するが、苦難を黙って受忍する「静的なヨブ」のイメージにも心惹かれる。両者を相互媒介的に受け止めるのが適切であろう。

 第二部では心理分析のユングおよび批評家ジラールのヨブ記観の詳細な検討がなされる。ユングはそのヨブ論『ヨブへの答え』において、ヨブ記の「神から人へ」の方向を人間優位の「人から神へ」の方向に逆転させた。著者はその思考過程をていねいに追跡して的確な批判を加える。第二部の後半では欲望の模倣説を展開するジラールのヨブ記論を評価と批判の両構えで仔細に検討する。彼はヨブに隠れた罪ありとする友人たちに「全員一致の暴力」を読み取ろうとするが、本文との対応が脆弱である。著者の指摘通りであるが、評者は彼の視座が思考類型的には妥当性を持ち、友人を批判するヨブが浄穢の発想自体を厳しく退けることを意味づけると積極的に受け止めている。

 第三部は本書の冠である。著者は前半で、ユングとはおよそ対照的に信仰の深みを突いたバルトの卓越した「ヨブ記」論の解説に力を注ぐ。後半では信仰の実践との関わりでヨブ記を読むために、信仰義認と実践の立場を統合したグティエレスのヨブ記講解の積極的な意味を評価して本書を閉じる。評者は著者の姿勢に共感する。本書が多くの読者を得ることを願う。

(なみき・こういち=国際基督教大学名誉教授)

(四六判・三二八頁・定価一九九五円〔税込〕・教文館)

『本のひろば』(2011年9月号)より