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内容詳細

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典『旧約聖書』。その神聖な書物において異色とも言うべき、“愛の詩”である「雅歌」を、イスラエル人画家による官能的な美しい画とともに、純粋な〈文学作品〉として味わう詩画集!

深い学識に基づいた原典からの個人訳。

読書の手引きとなる、池澤夏樹のエッセイと秋吉輝雄の解説つき。

イスラエルの画家ならではの、力溢れる人物表現が魅力的。大きな画面で16点を収録

 

〈執筆者紹介〉

訳者:秋吉輝雄(あきよし・てるお)1939~2011年。元立教女学院短期大学教授(旧約聖書、古代宗教思想史、ヘブライ語)。著書『旧約聖書人物の系譜・歴史年表』(燦葉出版社、1992年)ほか。

編者:池澤夏樹(いけざわ・なつき)1945年生まれ。詩人・小説家・翻訳家。1987年、『スティルライフ』で芥川賞受賞。著書:多数。

二人の仕事として『ぼくたちが聖書について知りたかったこと』(語り手・秋吉、聞き手・池澤、小学館、2009年)がある。

挿画:シュラガ・ヴァイル(Shraga Weil)

1918~2009年。スロバキア生まれ。イスラエルの画家。1959年に絵画と彫刻のための賞(テル・アビブ市)、Dizengoff賞を受賞。1990年には、東京で個展を開催。

〈目次より〉

雅歌       秋吉輝雄訳 シュラガ・ヴァイル画

雅歌――女性の視点で書かれた古代の恋歌  池澤夏樹

雅歌と私訳について            秋吉輝雄

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エルサレム旧市街に近いある書店でシュラガ・ヴァイルの挿絵による美しい「雅歌」を手にした時、こうした親しみやすい形で聖書が読まれている事に感銘を受け、生のヘブライ語の詩を伝えようと試みた。――秋吉輝雄

「雅歌」は生を肯定する詩篇である。「コヘレトの言葉」にあるようなペシミズムも、「ヨブ記」にあるような懐疑もここには皆無で、ただ若い明るい健康な喜びだけがある。このような詩が旧約聖書から弾き出されなかったのはそれ自体が奇跡に思える。――池澤夏樹

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書評

愛することは生きること

秋吉輝雄訳、池澤夏樹編

雅歌

古代イスラエルの恋愛詩

 

月本昭男

 君なら、タマルがアムノンのところで作ったルヴィヴォートをどう訳す。あれは明らかに「ハート型菓子」だろう。

 私を問い詰めるかのようにして秋吉輝雄さんがこう言われたのは、今から四半世紀以上も前のことである(一九七四年の夏、シャロン平原の北端で六週間ほど起居をともにして以来、なにかにつけ秋吉さんは私の先輩であった)。当時、彼は新共同訳聖書の翻訳でサムエル記に関わっておられたから、ルヴィヴォートに「ハート型菓子」という訳語の提案を考えているのであろう、と私は忖度した。今、新共同訳聖書をみると、当該箇所は「レビボット」と音訳され、初出箇所に括弧を付して「『心』という菓子」と説明されている(サム下一三6)。

 一九六〇年代半ばにエルサレムに留学された秋吉さんは、当時としては、現代ヘブライ語を自由に話せる数少ない旧約研究者であった。その彼がことのほか深い関心を寄せた書物がサムエル記と雅歌である。立教大学の大学院では、長い間、担当する旧約聖書本文批評学でサムエル記を取り上げておられた。雅歌のほうは、一九七〇年代はじめ、すでに私訳をゴルゴオン社から刊行されていた。

 文学ジャンルを全く異にするこれら二つの書に共通点があるとすれば、それは「あるがままの人間の想い」である。サムエル記は愛情、嫉妬、憎悪、復讐心、思い上がり、といった人間的な想念を物語の導きの糸とする。雅歌は大胆に男女の愛を詠いあげている。秋吉さんはその辺に両書の魅力を感じ取っていた。

 もっとも、彼が雅歌の私訳を刊行した一九七〇年代はじめ、日本のキリスト教界に雅歌を世俗的な恋愛歌として受け止める素地はまだできていなかったように思われる。雅歌が詠いあげる愛は、むしろ、キリストと教会(ないし神ヤハウェとイスラエル)の関係を表す寓喩として理解されていた。したがって、彼の訳詩は、大方、無視された。

 新共同訳聖書によってはじめて、雅歌はひろく「おとめ」と「若者」が懸けあう愛の詩として理解されるようになったのである。そこには新共同訳聖書翻訳で「雅歌」にも関わった秋吉さんの見解が少なからず反映したにちがいない。

 こうした情況の変化をふまえ、定年を迎えた秋吉さんは再びご自身の雅歌の改訳に取り組まれた。旧版には心残りもあった。留学時代に彼を惹きつけてやまなかったシュラガ・ヴァイルの挿画を用いることができなかったこともその一つであった。

 ところが、秋吉さんは訳文の推敲を重ねながら、この新版の完成を見ることなく、昨年の三月一四日に地上を後にされた。その後、彼の意向を汲んだ佳公子夫人、「従弟」で文学者の池澤夏樹氏、それに秋吉さんの教え子であった教文館出版部の倉澤智子氏が本書刊行のために強力な体制を築き、一年にして、本書を見事に仕上げられたのである。訳詩には若き日の彼を魅了したシュラガ・ヴァイルの単色画が美しく挿入された。旧版に附されていた「雅歌と私訳について」と題する丁寧な解説も再録されている。

 加えて、「雅歌―女性の視点で書かれた古代の恋歌」と題する池澤夏樹氏の文章が本書に添えられた。この文章で氏は雅歌という作品を、コヘレト書やヨブ記にはみられない明るさをもって、人間の生をそのまま肯定する恋歌として読み解いてみせる。氏は秋吉さんが訳された雅歌の本文を通して、古代のヘブライ女性の生き生きとした声を聞きとったのだ。そこから文学者ならではの鋭い洞察が紡ぎ出されてゆく。そうした洞察を氏は次の一文に集約した。

 『雅歌』を貫いているのは女性の主体性である。

(つきもと・あきお=立教大学教授)

(B5判・八〇頁・定価二六二五円〔税込〕・教文館)

『本のひろば』(2012年9月号)より