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内容詳細

すべての人に愛をもって
教育者・国際人・社会改良家として大きな足跡を残した新渡戸稲造が、いつも心に掛けていたこととは何か? 「小さいもの」を愛し、人間の道義と社会の連帯を重んじ、自然に親しんだ新渡戸の精神は、震災を経験した現代日本にどのように活かされるべきか、生誕150年を記念する年に贈る、熱いメッセージ。

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書評

すべての人に愛をもって

佐藤全弘著

新渡戸稲造に学ぶ

With Charity for All

ツꀀ

藤井 茂

 佐藤全弘氏の講演を私が初めて聞いたのは、四半世紀ほど前の昭和も終わろうとするころであった。そのとき佐藤氏は、新渡戸稲造のある一日を語ったが、まずもってそれに驚いた。新渡戸邸の広さや机、書棚、壁の色などはいうに及ばず、食事やお手伝いさん、その日の予定まで、それは微にいり細をうがつといってもいいほどの新渡戸の日常を披露したのである。聞いていて、どんどん吸い込まれていった反面、どうして新渡戸のこんなことまで詳細に分かるのだろうと不思議に思い、感嘆し、呆然として家路についた思い出がある。

 もちろんその裏には、『新渡戸稲造全集』の編集委員だったということや厳しい毎日の資料精読があったことをのちに推察できたのだが、それにしても新渡戸の日常をこれほどの臨場感をもって披露できるとは……と感服し、大げさに言わせてもらうならば、自分の知というものの薄っぺらさを嫌というほど思い知らされたことも事実だった。

 当然のことながら、そのとき佐藤氏は、私からは間違いなく雲の上の存在であった。しかし、なぜかふと「そのうちこの方に教えを請うときが遠からずくるだろう」という漠たる思いがよぎったことも確かだった。

 そのころ私は盛岡で新聞社勤めをしていたが、この講演に啓発されたのだろう、新渡戸稲造という人物にあらためてじっくりと取り組んでみようと思った。

 これ以後、『新渡戸稲造全集』から新渡戸の研究書、伝記の類などを片っぱしから読み漁るようになり、新聞社勤めを辞めたときには、新渡戸に導かれるように新渡戸基金に勤務してしまった。新渡戸基金では毎年『新渡戸稲造研究』を発刊していたので、それを任せられ、そのほか機関紙「太平洋の橋」(年四回)も発行することになり、そのうえにセミナーにも関係するようになったのだが、そういう間に、しぜんと佐藤氏と交流するようになったのである。

 それ以後は、毎年数回お会いできるようになり電話でもいろいろとアドバイスを受けるようになって、新渡戸への私ののめりかたは日ごとに激しくなっていった。これ以後の佐藤氏の講演を私は何十回聞いたかしれない。それらすべての講演が私の血となり肉となったと確信して言える。

 この本に収められた十四の論考のなかには盛岡で講演したものが七つあるが、関係していたこともあって、すべて私は聞いている。いつも感じることだが、テーマのいかんを問わず、佐藤氏の講演には、新渡戸に対する無限の愛情が満ち溢れている。もっと付け加えるならば、新渡戸への優しい筆致の中に力強さがあふれているとでも言えるだろうか。

 佐藤氏は昭和四年生まれなので、新渡戸の愛弟子でないことはもちろんである。しかし、ことによっては、これまでのどの愛弟子たちよりも愛弟子らしいかもしれない。新渡戸の意を体して、どこか新渡戸たらんとしているからであろう(研究者はそうでなければならない)。それが佐藤氏の文章の奥底には感じられる。それかあらぬか、新渡戸のご遺族から最も信頼されているのも佐藤氏である。

 お読みいただければすぐに分かるが、この本には新渡戸稲造に寄せる強い親近感が感じられる。だからこそ、新渡戸がお札の顔として登場した昭和五十九年に、朝日新聞で京都大学の学者に帝国主義者だと論評されたとき、佐藤氏は敢然とその学者に立ち向かっていったのである。そのときの佐藤氏の論は気迫に満ちたもので、その先輩学者を圧倒するものだった。佐藤氏の毅然たる正義感を垣間見る挿話である。

 新渡戸稲造が、こういう研究者(というよりも最大の理解者とでも言ったらいいだろうか)を持ちえたことは、なににも勝る力強い後(こう)生(せい)を得たものだとつくづく思う。

(ふじい・しげる=財団法人新渡戸基金事務局長)

(四六判・三三〇頁・定価一八九〇円〔税込〕・教文館)

『本のひろば』(2012年11月号)より