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内容詳細

戦後日本のオピニオン・リーダーであり、とりわけ教育改革で中心的役割を果たした政治哲学者・南原繁の初の本格的評伝。 膨大な文献を渉猟し、その生い立ちから最晩年まで、生涯と思想を統合的かつ立体的に描き出す。無教会の信徒として内村鑑三と新渡戸稲造の両者から直接の感化を受けた南原の信仰生活の側面にまで分け入って書かれた貴重な評伝。

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書評

敬愛に満ちた南原繁評伝

加藤 節

 南原繁は、戦中には、クリスチャンとしてナチズムや天皇制が求めた国家信仰を厳しく批判し、戦後は、国民的なオピニオン・リーダーとして戦後改革に指導的な役割をはたしたことで知られる政治哲学者である。その南原の生誕百年にあたる一九八九年九月、南原の弟子であった福田歓一は、「朝日新聞」に一文を寄せて、南原の思想が見直されている事実とその理由とについて論じた。そこで福田が特に強調したのは、思想的見直しの焦点が南原の政治哲学に置かれていること、その理由は政治認識における批判的原理への政治学者の欲求にあることであった。

 福田のこうした指摘は、現在にもほとんどそのままあてはまるといってよい。南原研究の主流には、依然として、関心を南原の政治哲学に寄せ、しかも現実の政治に対する批判原理を南原から引きだそうとする傾向が強いからである。このところ数を増しつつある南原研究者が、ほぼ例外なく、政治的現実に対する意味批判の原理を「正義」に求めた南原の批判主義政治哲学に研究主題を定めている事実は、その例証にほかならない。

 しかし、長く続いてきた南原研究のこうした傾向は、研究史に一つの問題をもたらすことになった。それは、南原政治哲学への理論的な関心に引きずられて、南原の事績を、彼の個人史と、彼を取り巻く近代日本の歴史との交点の中で位置づける伝記的あるいは評伝的な研究が等閑視されてきたことである。もちろん、そうした研究がこれまでになかったわけではない。例えば、岩本三夫氏の先駆的な労作『我ガ望――少年南原繁』(山口書店、一九八五年)や評者自身の『南原繁――近代日本と知識人』(岩波書店、一九九七年)には、南原に関する多くの伝記的な叙述が含まれているからである。しかし、岩本氏の作品は少年期の南原に光をあてたものであって南原の生涯全体を扱っておらず、評者のものも、力点は戦前から戦中にかけて形成された南原の政治哲学の分析に置かれており、南原の詳細な評伝とは言い難い。

 ここに取りあげた山口周三氏の『南原繁の生涯』は、南原研究史のそうした欠落を一気に埋める力作であって、本書が上梓されたことの第一の意義は何よりもそこに求められる。事実、南原に関する膨大な量の資料を丹念に渉猟して公的存在としての南原の業績を綿密かつ正確に辿るとともに、南原をめぐるエピソードや南原の関係者へのインタヴューを織り交ぜて南原の人間的な側面をも浮き彫りにした本書は、今後の南原研究者が常に参照すべき南原の評伝の古典たる位置を占め続けるであろう。

 その点に加えて、本書には特筆すべき更に三つの内容的特質が認められる。第一は、「教育基本法」に結晶した戦後の教育改革を主導した南原の姿の全貌をあきらかにしたことであって、それを扱った第九章は本書のもっとも生彩に富む部分であるといってよい。第二の特質は、本書に序を寄せた三谷氏も述べているように、東大総長退任後の南原の歩みを丹念にたどり、特に南原の訪ソ、訪中に、かねてからの彼の持論であった全面講和論の実践という意味づけを与えた点である。こうした指摘は今までになかったものであって、卓見であるといわなければならない。第三の特質として挙げたいのは、本書には、南原への敬愛の念が満ちているにもかかわらず、叙述は抑制が利き、それが逆に南原への山口氏の敬愛の深さを示していることである。敬愛する対象に「非情の情熱」をもって接した山口氏の伝記作家としての豊かな資質をうかがわせる点にほかならない。

 南原の「生」に力点を置いた本書を出発点として、今後、南原の学問に関する本格的な考察を含む『南原繁――生と学説』のような作品が現れることを期待したい。

(かとう・たかし=成蹊大学教授)

『本のひろば』(2013年2月号)より