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内容詳細

ムハンマドと接点を持ち、コーランの中に出てくるキリスト教徒とは誰か? また、コーランにはどのような聖書的諸伝承が見出されるのか? コーランのイエス像はどのように形成されていったのか? 新約聖書学における碩学が、歴史のかなたに忘却されたユダヤ人キリスト教徒の起源と足跡を追いながら、ユダヤ教・キリスト教・イスラームの歴史的接点を探る画期的な試み。

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書評

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の歴史的接点を探る

 戸田 聡

  著名な新約学者グニルカ氏(一九二八年生)は、ミュンヒェン大学カトリック神学部(新約釈義・聖書解釈学担当)を一九九七年に退職して名誉教授となった後も健筆を揮っている。その氏が退職後、特に盛んに論じているテーマの一つがキリスト教とイスラム教の比較であり、本書を含む三作が既に公刊された。聖書とコーランを全般的に比較した前著『聖書とコーラン』(二〇〇四年、邦訳は教文館刊)に続いて、第二作たる本書『ナザレ人(派)とコーラン』(二〇〇七年)では、コーランに見られるキリスト教がいかなるものだったかが探求されている。そのような本書の邦訳題として、『コーランの中のキリスト教』は決して不適切でないと言えよう。第三作(二〇一一年刊)は評者未見だが、イエスとムハンマドが比較対照の中で論じられている由。いずれも全く学問的な著作と評しうるが、それら著作の背景に、現代の宗教間対立への平和的貢献を願う著者の祈りがあることもまた間違いないところだろう。

 連作としての本書の性格に鑑み、まず前著を見ておく(なお、前著邦訳に対しては本誌二〇一二年七月号に板垣雄三氏による書評がある)。前著では聖書とコーランが、特にその神学的内容に即して比較され、結論として八つの「結びつけるもの」(両宗教とも啓示宗教・一神教・アブラハム宗教であること、神による世界創造を認めること、最後の審判を期すること、十戒の受容、等)と六つの「引き離すもの」(イエス・キリストの位置づけ、救済思想、終末期待、十戒の掘り下げ方、などでの違い)が指摘された。本論の中で詳論された神観の違い(同じ一神教でも、神観の点でキリスト教とイスラム教は相当異なる、という議論)がまとめの中で言及されなかったのはやや奇異だったが、概して前著は堅実な比較を展開していたと言える。

 それに比して本書の議論は、仮説的性格が相当強いことが否めない。つまり本書は、コーランの中でキリスト教を指す呼称として通常使われる「ナザレ派」という表現を出発点とし、同じ表現の新約聖書などでの用法を根拠として(ヘブライオイ対ヘレニスタイという使徒言行録中の有名な記述も参照されている)、この表現はユダヤ人キリスト教の一派を意味すると論定し、それこそが「コーランの中のキリスト教」だ、と論じているのだが、相当強引な議論だと言わざるをえない。なぜなら、コーランの「ナザレ派」という表現がキリスト教の特殊な一派を指すという形跡が、全く窺えないからである。コーランはキリスト教の中の諸派の存在を知っており、しかもそれらをいっしょくたに否定している(本書一三七頁を参照)、ということもまた、コーランがキリスト教を(たぶん耳学問に基づいて)キリスト教一般というレベルで把握していたことを示唆する。さらに、コーランの背景を成す当時のキリスト教を論じる際の基本的文献である、Trimingham(1979)、Havenith(1988)、及びIrfan Shahidの一連の著作*を本書は全く参照していない。著者の議論は成功していないように思われる。ただ、だからと言って、ユダヤ人キリスト教に関する本書の議論を無意味だとみなす必要はない。ユダヤ人キリスト教(いわゆる「キリスト教のギリシア化」を免れた潮流)をどう理解するべきかは古代キリスト教史上の難問の一つであり、それに関する新約学の碩学の議論だと見れば、それ自体は大いに興味深いのである。

 全体として、文書資料に基づいて地に足のついた比較を行なう著者の姿勢は、評者には好ましく思えた(イスラームのロジックが論じられていないという、上記書評での板垣氏の批判は高踏的で、やや的外れの感がある)。本書の訳文は生硬で、読みやすいとは言いがたいが、著者の思索をたどるにはむしろ好適かもしれない。上述の第三作は翻訳の予定があるのだろうか。内容から見て、疑いなく著者の専門性がより発揮されているのだろうから、連作の続きの刊行を期待したいところである。

  *Byzantium and the Arabsと題された複数の著書。また、グニルカの本書と同時期に出たT. Hainthaler, Christliche Araber vor dem Islam, Leuven: Peeters, 2007も今や参照されるべきだろう。

(とだ・さとし=北海道大学大学院文学研究科准教授)

『本のひろば』(2013年10月号)より