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内容詳細

クリスチャン三代記

植物学者である父を持ち、植物にかこまれて過ごした日々、歴史ある奈良県稗田の環濠集落をめぐる追憶。明治以来の三代にわたるクリスチャンホームの歩みを辿る。

 

著者紹介

川田靖子(かわだ・やすこ)

1934年生まれ。東北大学文学部、京都大学文学研究科修了。玉川大学文学部に奉職。2003-2013年日本キリスト教詩人会会長。

著書 詩集『深沼抄』、詩集『北方砂漠』、『17世紀フランスのサロン』、『私はパリの老人病院実習生』(青土社)など。

 

 

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書評

暮らしの現場のキリスト教――三代のキリスト教家族の経験

森田 進

 これは、父方、母方ともに三代に及ぶ暮らしの現場で、キリスト教信仰がどう息づいてきたのかを孫娘が綴った短編集である。詩人・仏文学者である著者が、稀にみる受信装置を駆使して描き出した文学作品である。

 父方は、稗田阿礼を生んだ環濠村の農家であり、法隆寺の檀家総代である。母方は、大原総一郎と共に倉敷教会を創立した一人である。

 父は『聖書と植物』を出した植物学者であり、キリスト教主義教育の指導者であった。

 本書は、神学書ではない。伝道者の聖書注釈書でも説教集でもない。

 私ども日本キリスト教詩人会の機関誌『嶺』に二〇年に亘って掲載し続けた作品である。あえて言えば散文詩を着込んだ信仰告白である。

 二八編に及ぶ短編を、著者は「この集は故郷としての稗田の環濠集落や、私の記憶にからみついて繁茂する植物たちのエピソードにキリスト教徒の家族の歴史が重なるという、いくつかのテーマが綯い合わされている」と書く。

 冒頭の「小さな教会のはじまり」には、父松村義敏が、終戦の年の春から一九五一年まで東大理学部付属の日光植物園に研究主任として家族ぐるみで暮らした日常が、裏の菜園の手入れの様子まで描かれる。父の豪放、開放的楽天性に牽かれて、全国の研究者が訪れてくる。あるいは復員した獣医、古河電工の社員など多様な人たちが集まって聖書研究会が開かれる。宣教師たちも戻って来て、ついに小さな教会が建つ。

 植物学的、聖書的契機から葡萄に対する激しい思い入れを持ち続けて、故郷にも、引っ越しする先々でも栽培する父に影響された著者の葡萄に関する数章は、本書の題名に直結するのであるが、驚くほどの楽しい知識と経験で一杯である。論理的世界の人達なのだが、聖句を実感するとはどういうことなのかを伝えてくる部分は、挑戦的ですらある。

 オルガンと讃美歌が契機となった西洋音楽への開眼も刺激的だ。歌詞と音の関係(色彩、和音、リズムなど)、種子の「お芽出度う」の神秘、花の芳香、果樹への興味、キリスト教の愛の概念など、著者は、大学入学、恋愛、結婚、子育て、学問の隅々まで植物との交流から触発されている。また近江兄弟社の「ヴォーリズさんのおばちゃん」の部分、および「おとさんとわかさん」には、劇作家・高堂要への追悼がしみじみと匂っている。

 本書全体に満ち溢れている著者の教養の豊かさは、父母二つの家系と自然がもたらしたものである。自分を取り巻く周囲をじっと見詰めている著者がそこからきわめて鋭い受信装置を身に付けたことが分かる。それは、父から受け継いだユーモアだけではなく、母から受け継いだ鋭い批評精神であり、植物から学んだ、成長する神秘な生命力である。

 本書は家族の歴史であり、キリスト教との同伴史でもあるが、あくまでも詩人・川田靖子の作品であることは最初に指摘した。種子への興味は、例えば、「種子にはかくべつの愛着がある。象徴的な意味があるので好きなのか、種そのものが好きなのかよくわからない」(二六頁)には、論理性よりももっと肉体的な生理的な実感に近いものを感じる。あるいは「空の鳥を見よ」を挙げて、「人間に自意識や想像力があるかぎり、鳥のように清らかな生活は望めないことなのだろうか」(三二頁)。

 どきっとする指摘もある。「音楽というジャンルそのものにも融通無碍の本性があって、軍歌にでも労働者の歌にもつけ替え可能というのが胡散くさい」(三六頁)。「庭を見ているとき私は時間を見ていることに気づく」(一〇一頁)。至る所にぴりっとした批評精神が息づいている。

 最終部分の「百合のごとく」は、プロテスタントの私には衝撃的である。川田靖子さんはカトリックへ転身したのである。青木神父の「あなたが、どちらでもいいけれどカトリックに来たいと言うのなら、あなたの魂なんか要りませんよ。(以下略)」(一七五頁)。

 人にはそれぞれ、こういう風にしか生きられなかった、という生き方がある。川田さんとの友情に変わりはない。それだけのことだ。

 散文詩を着込んだ信仰告白の秀作としてお勧めする。

(もりた・すすむ=詩人、日本基督教団土師教会伝道師)

『本のひろば』(2013年10月号)より