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内容詳細

こどもたちはいま、胸がはりさけそうな歓びを体験できているだろうか?!

おとなたち、そして自分は、今こどもに何を手渡すべきか、斎藤惇夫が〈再点検〉する!

岩波書店100周年記念として、教文館ナルニア国で語った講演をまるごと再現。最後の書下ろし作品執筆を前に、「ガンバの冒険シリーズ」『哲夫の春休み』の執筆経緯とともに、自身の魂の軌跡をたどりつつ、子どもの本への思いを熱く語る!

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巻末付録

エッセイ「被災地での観劇」、子どもに読み聞かせてもらいたい・おとなにも読んで欲しい〈絵本と物語のリスト〉を収録!

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著者紹介

斎藤惇夫(さいとう・あつお)

児童文学作家。1940年新潟市生まれ。立教大学法学部卒業。福音館書店の編集者を経て、2000年より執筆活動に専念する。現在、講演や著作を通して、子どもの本のあゆみを伝えながら、子どもに本を読んでやることの大切さや選書の大切さを訴え続けている。また、河合隼雄氏を継いで、「小樽児童文学ファンタジー大賞」選考委員長を務める。

著書 『グリックの冒険』『冒険者たち――ガンバと15ひきの仲間』『ガンバとカワウソの冒険』『哲夫の春休み』(すべて岩波書店)ほか、講演録など。

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書評

子どものための文学を語る

中村柾子

 著者には、子どもたちに根強い人気を持つロングセラー『グリックの冒険』や『冒険者たち』『ガンバとカワウソのぼうけん』の冒険三部作に、四年前に発行された『哲夫の春休み』を合わせ四冊のファンタジーがある。三部作は親子二代にわたるファンも多い。私はいずれの作品も当然のことだが大人になってから出会った。ほんとうは子どもの時に読みたかったと思う。でも児童文学を読むときは不思議と大人であることを忘れてしまうのだろうか。面白くなければ途中でやめてしまうし、評価も分析も不要、ただひたすらどきどきしながら作品を読む。もちろん四冊とも子どものように夢中になって読んだ。でも時折、大人ならではの味わい方をしてみたいと思うこともある。たとえば作者のことをもっと知りたくなったときなどに。
 『わたしはなぜファンタジーに向かうのか』にも、そんな思いで手を伸ばした。著者がどのようにしてこの四冊を生み出したのか、ファンなら誰しも気になるところだ。
 本書は、岩波書店創立百周年を記念して、「自作を語る」という企画でなされた講演会の記録だ。ゆえにあたかも著者が目の前にいるかのような言葉の近さを感じる。静かに誠実に、はにかみながら、ときに熱を帯びる言葉。ことに、原発事故を生み出してしまった社会の歪みが子どもに与える影響の強さには、はっとさせられる。そして淡々と、悲しみや苦しみから逃げも避けもせずに、自身の経てきた道を語り、その道のりで、「いま書かねば」と思い立った胸のうちを聞き手に語り続ける。
 一冊一冊の作品が、どのように誕生していったか、舞台となる場所はどのように設定されたかなど、こんなに手の内を明かしてしまってもいいものかと、心騒ぐ。著者の思いを知りえても、作品は書き手の手元を離れれば受け止め方は読者にゆだねられるものだが、著者の言葉を手がかりに、作品の理解を深めていけるのは、大きな喜びだ。それにしても作家とはなんと、しんどい職業なのだろう。
 三部作は、動物たちの冒険を描くファンタジーだったが『哲夫の春休み』は、人間が主人公のファンタジーだ。なぜそこに行き着いたか。私たちはそこに表題の意味を知る。
 著者は作家であると同時に、すぐれた子どもの本を世に送り出してきた編集者でもあった。どういう本をよい本というか、それを解き明かしてくれるのも本書を読む楽しみの一つだ。よしとする本に迷いがないのは、石井桃子や瀬田貞二などよき師に恵まれたことも大きいが、自身の子ども時代の読書体験によることも大きい。子どもの本選びに迷いがあるなら、巻末に付けられたブックリストが役に立つ。そこに挙げられた絵本や児童文学は、教師や保育者たちに、必読の書ばかりだ。
 著者の人となりを、何とか私の言葉で語りたい! と悶々としていたとき、部屋の片隅に一冊の古いノートを見つけた。何気なく見ていたら、どの本からの抜粋か、こんな一節が書き写してある。絵本作家のマーシャ・ブラウンが、おなじく絵本作家のワンダ・ガアグを評しているのだ。いわく、──自分に対して徹底的に誠実で、幼い子どもたちにたいへん易しいことばを使って語りかけることのできる類まれな才能をもち、自分で作りだした物語を自分自身の方法で絵にすることができた人──と。絵を「作品」に置き換えれば、これは斎藤惇夫氏にそっくり当てはまるではないか。私は氏を語る言葉を考えないことにした。
 著者は五冊目のファンタジーを準備しているという。どんな物語になるのだろう。子どもたちはその作品をどう受け止めるだろう。物語を読む喜びを子どもたちにもたらしてくれた著者の熱い思いが、どんな形で展開されるのか今から楽しみだ。既刊の四冊のファンタジーも、是非手にとって欲しい。

(なかむら・まさこ=元保育園園長)

『本のひろば』(2014年6月号)より