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内容詳細

宗教改革時代の神秘思想 宗教改革の時代、タウラーやデヴォチオ・モデルナの影響を強く受けながらも、中世とは位相を異にするキリスト中心の内面的宗教性を核とする神秘思想が出現した。激しい迫害の下、「再生」「自然学」など多様な問題意識をもって新たな認識の地平を切り開き、「魂」という内面世界の神秘を追求した、16世紀のドイツ語圏における個性的で色彩の濃い独立独歩の神秘家たちの思想展開の軌跡を辿る。 (第15回配本) 〈収録内容〉 シュヴェンクフェルト『人間の三種の生について』 フランク『パラドクサ』 ヴァイゲル『世界の場所についての有益な小論』 アルント『真のキリスト教〔抄〕』

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書評

時代の深淵の直視から構築された新たな世界像

深澤英隆

 「神秘主義」ということばは、色々な文脈でいまもなおいわゆるpejorativeな(貶めるような)ニュアンスで使われることが少なくない。思想史においてこの語で呼ばれる思想群のもつ意義と影響力の大きさを考えると、この近代に生まれた語ないしカテゴリーは、かえって思想理解の妨げとなってきたのかもしれない。いずれにせよ今日では、M・ド・セルトーの業績をはじめとして、神秘主義概念の系譜学的な見なおしが盛んになされている。
 さてしかし、こうした呼称の問題にわずらわされることなく、神秘思想のテクストそのものを繙くならば、その豊かで冒険的な思想の展開に、私たちはしばしば圧倒されることになる。古代から近代にまでいたるキリスト教神秘主義の潮流をカヴァーした「キリスト教神秘主義著作集」の各巻で、そのことは実感される。そしてその第一二巻、『十六世紀の神秘思想』がこのたびついに刊行された。同巻は、宗教改革の世紀に独創的な思想を残した、シュヴェンクフェルト、フランク、ヴァイゲル、アルントの四者の代表的なテクストを収録している。いずれもこれまで翻訳紹介がほとんどなされてこなかった思想家である。
 近世ヨーロッパは、すさまじい動乱のうちにあった。宗教改革後の新旧両教の、また新教内での宗教的抗争は、政治的争闘とも重なり収拾のつかない混乱をもたらし、また教会キリスト教の権威を決定的に揺るがした。加えて経験主義的な自然探求と近代科学の興隆が、これまでの世界像の根本的な見直しを迫ってきた。これら近世の神秘家たちのテクストを読むと、彼らがこの時代のそこここに大きく口を開けた深淵を直視しつつ、懸命に新たな世界像を構築しようとしていたことが分かる。個々の個性による違いはあるが、そこでは総じてふたつの方向性が共通して認められる。
 まずは、中世神秘主義とその宗教実践を引き継ぎつつ、ラディカルな内面主義的信仰理解が打ち出された。シュヴェンクフェルトはその『人間の三種の生について』のなかで、人間の内におけるキリストの霊の作用にもとづく霊性主義的救済論を展開する。こうした志向性は、既成教会への強い批判と「霊の共同性」への熾烈な待望と結びつく。フランクは、『パラドクサ』において、異邦人をも包摂する神の「非党派性」を説いてやまない。
 第二の方向性は、新たに前景化してきた経験的世界(諸国、歴史世界、自然、宇宙)とキリスト教的世界像との統合のこころみである。ヴァイゲルは、『世界の場所についての有益な小論』において、宇宙の無限性という新たな知見を神の無限性と重ね合わせ、そこに浮かぶ「場所性」をもった地球や可視的天界と対比させた。この無限性はまた同時に内的な霊の体験の場として、霊性主義へと接合された。近代の「敬虔な生」が形成されるうえで極めて影響力の大きかったアルントの『真のキリスト教』(抄)も、その第四書で、大宇宙と小宇宙を論じ、それらが「私たちを神とキリストへと導く」ことを縷説する。
 本巻に収められたこれらの著作は、内界への沈潜と外界の観照とを深くリンクさせることによって、先に見たこの時代の深淵をあわせて一気に飛び越え、すべての実在を包括する世界像を提示しようとした。彼らは皆、弾圧と流浪の生に苦しみながら、他方で新たに勃興した市民層からの支持を得た。宗教の個人(主観)化、脱教会化、自然と神性の全体を統一的にとらえるホーリズムの観念や普遍的霊性思想の広まりなど、現代の宗教状況を語る一連のことばがすでにこれらの思想の性格をも言い当てていることは、これらの思想の近代的先駆性を物語っていると言えよう。
 なお「キリスト教神秘主義著作集」の本第一二巻から第一七巻までは、故南原実教授の監修になるものである。本巻収録のアルント論が、その南原実先生の絶筆であったことも記しておきたい。

(ふかさわ・ひでたか=一橋大学大学院教授)

『本のひろば』(2014年10月号)より