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内容詳細

現代社会と宗教の関係を多面的に問う

偏狭なナショナリズムの高揚、世界各地で頻発するテロリズム ── 宗教・文化・民族間の摩擦が絶えない現代において、目指すべき共存の形とはどのようなものか? ユダヤ教、イスラームなど諸宗教の歴史や現状を考察し、複雑な今日的課題に多角的視点から取り組んだ気鋭の論考集!

〈目次〉

第Ⅰ部 様々な対話の可能性

 第一章 国際政治から見た宗教研究への期待 村田晃嗣
 第二章 社会福祉におけるスピリチュアリティ 木原活信
 第三章 宗教と対話 小原克博

第Ⅱ部 宗教間・文化間の対話

 第四章 宗教間対話運動と日本のイスラーム理解 塩尻和子
 第五章 エジプトにみる聖家族逃避行伝承をめぐる宗教共存 岩崎真紀
 第六章 イスラームの平和 四戸潤弥

第Ⅲ部 「民主主義」との対話

 第七章 ユダヤ教文献にみる「自由」と「支配者」像 勝又悦子
 第八章 中世ユダヤ思想における「民主主義」理解 平岡光太郎
 第九章 イスラームと奴隷 森山央朗

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書評

現代世界の緊急課題に取り組んだ優れた論考集!

芦名定道

 現在、世界各地では、二〇世紀末からの混乱を引きずるかのように、紛争と衝突が繰り返され、日本においても軋轢と対立が深まりつつある。そこでしばしば焦点とされるのが「宗教」であり、二一世紀の問題状況は「宗教」の問い直しを求めている。こうした現状を理解する上で必読の論集が刊行された。テーマは、現代の多文化共生社会における「宗教と対話」であり、宗教学と隣接諸学問分野との対話(第I部)、異なる宗教・文化間の対話(第II部)、宗教と民主主義的な市民社会との対話(第III部)をめぐり、九つの優れた論考が収録されている。主に取り上げられるのは、いわゆる一神教であるが、それは、本論集が「日本宗教学会第七三回学術大会」(二〇一四年、同志社大学)の基調シンポジウムの成果を基にし、同志社大学一神教学際研究センターにおける活動を背景にしているからにほかならない。つまり、本書自体が、多文化共生社会における「宗教と対話」の実践記録なのである。以下、各部のまとまりに従って、注目すべき論点のいくつかを紹介しよう。
 まず第I部では、現代政治、社会福祉、教育を主題に、宗教学と隣接諸学問分野との対話が扱われる。現代政治の視点から注目されるのは(第一章)、一九七〇年代以降の国際政治に対する宗教の影響力であり、そこからグローバル化の学問状況における国際政治学と宗教学のリンケージの可能性(人口動態変化を焦点に)が検討される。これに対して、社会福祉と宗教との関わりについては(第二章)、キリスト教と社会福祉の対話の歴史(対話による創生から対話の断絶を経てその再開へ)が辿られた上で、スピリチュアリティを介した宗教と社会福祉との新しい関係が論じられる。論者が社会福祉におけるスピリチュアリティの豊富な実践事例によって示す提言は説得的である。そして、教育については(第三章)、「多文化共生という課題に対し、宗教教育がどれほどの貢献をすることができるのだろうか」との問いをめぐり、論者が行っている宗教間教育の実践に具体的に言及しつつ、「憎しみの文化」「アイデンティティ・ポリティクスの罠」を克服する必要性が説かれている。
 宗教間対話を扱った第II部の焦点は、「イスラーム」である(第五章は、エジプトのコプト正教会とムスリムがテーマ)。日本では「イスラームは理解しにくい宗教」と思われており、また誤解(「欧米からの情報によって増幅されたイスラームフォビア」)が多いことを考えれば、読者には、まず第四章「宗教間対話運動と日本のイスラーム理解」の熟読をお勧めしたい。そもそも「一神教」概念は近代的宗教論に基づくものであり、「私たちは一神教と多神教といった枠を作ってしまうことなく、人間としての共通性を基盤として、イスラーム世界と日本との対話を続けていきたい」との主張には、同感である。また第六章では、西欧の理解する平和とイスラームの理解する条約との対応関係から、双方の理解のズレの明確化が試みられる。
 第III部のテーマは、ユダヤ教と民主主義である(第九章ではムスリム世界の奴隷制がイスラームの教義から由来したものではないことが示された)。キリスト教と近代の民主主義的市民社会との関係については、これまで多く議論がなされてきたが、ゲットー解放後のユダヤ教が近代社会に対して有する意義の十分な解明は、今後の研究課題にほかならない。ユダヤ教との関係で「近代」を掘りさげて論じるには、ユダヤ教自体の内容に踏み込んだ理解が必要であり、第七章、第八章の論考は、古代(ユダヤ教文献の「自由」概念と「支配者」像)と中世(アバルヴァネルの聖書注解)を主題的に扱うものであるが、読者はこれらの章の議論の中に、西欧近代を相対化するための手がかりを見出すことができるであろう。
 以上のように、わたしたちは、本書を通して「宗教と対話」という現代世界の緊急の問いとそれに対する真摯な取り組みに触れることができるのである。

(あしな・さだみち=京都大学大学院教授)