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内容詳細
家計のため舞台芸術の世界にとびこんだ孤児のフォッシル3姉妹が、夢をつかむまでを描くハートフル・ストーリー
児童小説の古典的名作、〈新訳〉で登場!
◆ ものがたり ◆
舞台は1930年代のロンドン。考古学者のマシュー(通称ガム大おじさん)は、化石(フォッシル)探しの旅先で3人の赤ん坊を拾います。ところがガムは、3人を甥の娘に託して行方不明に。
姉妹として育てられた孤児たちは、家計を助けるために、学びながら働くことのできる、舞台芸術学院へ通うことになります。多くの人との出会いの中で成長し、自分たちの力で生きることを決意するようになり、記念日ごとに確かめ合います。
「われら3人のフォッシル姉妹は、歴史の教科書にフォッシルの名がのるように、努力することを誓う!」
お芝居に魅せられたポーリーン、機械いじりが好きなペトロヴァ、踊ってさえいれば幸せなポージー。少女たちは、どのように未来を切り拓いてゆくでしょうか……!
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英米児童文学の古典的名作といわれ、人気を博した『バレエ・シューズ』(Ballet Shoes,1936,イギリス/1937,アメリカ)。日本では、村岡花子さん(講談社、1957年)、中村妙子さん(すぐ書房、1979年)、久米穣さん(偕成社、1980年)と3人の訳者によって紹介され、2007年にはBBCがエマ・ワトソン主演でテレビ映画化もした人気作。
今回は、中村妙子さんが40年の時を経て、現代の読者にも読みやすく生まれ変わらせた〈新訳〉です。挿絵は、著者ノエルの姉ルースが描いたイギリス版のものを使用。ストレトフィールド姉妹がつむぐ、フォッシル姉妹の物語をお楽しみください。
◆ストレトフィールドのシリーズ既刊◆『ふたりのエアリエル』(2014年)、『ふたりのスケーター』(2017年、ともに中村妙子訳)も好評発売中!
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【著訳者紹介】
*著者* ノエル・ストレトフィールド (Noel Streatfeild,1897-1986) イングランド・サセックス州出身。英国王立アカデミー演劇学校卒業後、女優を経て著作に専念、大人向けの小説家から、児童小説家となる。The Circus is Coming(1938,邦訳『サーカスきたる』)でカーネギー賞受賞。本作『バレエ・シューズ』をはじめ、『家族っていいな』、『映画に出た女の子』、『大きくなったら』など、多くが邦訳されている(すぐ書房版はすべて中村妙子訳)。
*訳者* 中村 妙子(なかむら・たえこ) 1923年、東京に生まれる。1954年、東京大学文学部西洋史学科卒業。翻訳家。著書『旧約聖書ものがたり』(日本キリスト教団出版局)、共著 『三本の苗木――キリスト者の家に生まれて』(みすず書房)のほか、児童文学、C.S.ルイスの著作と評伝、A.クリスティー、R.ピルチャーなどの小説、キリスト教関連書など約250冊の訳書がある。
書評
華やかな舞台の世界と現実生活を描く児童小説
三辺律子
『バレエ・シューズ』というタイトルや、バレエ学校に通う三姉妹という設定、また一九三六年という原作が書かれた時代から、クラシックな少女小説を思い浮かべる方も多いだろう。実際、ナニー(乳母)やコックのいる暮らしや、オーディションに着ていくドレスの描写、少女ばかりが通う舞台芸術学院での生活風景など、本作は少女小説としての魅力をじゅうぶん備えている。
一方、この作品は児童向けの「職業小説」の先駆けとも言われている。確かに、少女たちが目指すバレリーナや女優も職業には違いない。けれど、華々しいイメージが先走り、一八九七年生まれの著者がどの程度「職業」として描いているのか、あまり期待せずに読むと、嬉しいしっぺ返しを食らうことになる。
まず三姉妹の誓いの言葉がいい。姉妹といっても、ポーリーン、ペトロヴァ、ポージーの三人はそれぞれ孤児になったところを、考古学者のガムに引き取られたため、血はつながっていない。ガムが三人と出会ったのは化石を探す旅先だったことからフォッシル(化石)という苗字をもらい、ガムの姪孫のシルヴィアに育てられている。肝心のガムは研究旅行にいったきりで、シルヴィアは次第に生活費にも困るようになり、家に下宿人を置くことにする。そんな家の窮状を知ったとき、三姉妹はこう誓うのだ。「われら三人のフォッシル姉妹は、歴史の教科書にフォッシルの名がのるように、努力することを誓う。フォッシルは、われら三人だけの名前であり、お父さんとか、お祖父さんのおかげだなんて、だれにも言わせないのである」。
この時代に、男親の力を借りず、(女性の名がほとんどなかった)歴史の教科書に名を載せることを誓う自立心を、彼女たちは持っているのだ。三人が舞台芸術学院へいくことになるのも、バレエや演劇に憧れたからではなく、あくまで生活費を稼ぐためだ。その証拠に、物語では、何度も事細かなお金の計算が記される。「ポーリーンの出演料は一週につき、二ポンド十シリングで、シルヴィアはそのうち、一ポンドを郵便貯金に入れ、五シリングを学院に支払い、自分は十五シリングしか、受け取りませんでした。それで十シリングが衣服費に回され……」といった具合。ちなみに、こうした計算は著者の別の作品『ふたりのスケーター』などにも見られる。
職業のいちばんの定義は、「生計を維持するため」(大辞林より)なのだから当然だが、お金の話はしないことが暗黙の了解のようになっていた児童書において、生活にはお金がかかるという当たり前のことを、著者ははっきり書いてみせたのだ。
ほかにも、劇場との契約で出生証明書が求められる場面や、仕事を斡旋する学院に手数料が入る仕組み、子どもを労働させる際の法律など、著者は、子ども向けの物語には馴染まないように思われていた現実をしっかり描いていく。もう一つ、特徴的なのは、仕事現場の描写だ。『夏の夜の夢』の舞台で妖精たちを空中浮遊させる「移動滑車」の細かな構造や、いわゆる「カチンコ」など映画撮影で使われる道具類が、丁寧に描写される。こうしたある意味マニアックな描写でリアリティを出し、読者の興味を誘う手法は、現代の「お仕事小説」に通じる。
さらに、物語を地に足がついたものにしているのは、次女ペトロヴァの存在だろう。女優の仕事の魅力に引きこまれていくポーリーンや、生まれながらのバレリーナであるポージーとちがい、ペトロヴァは舞台に関心がない。家計のために渋々演技を続けているが、本当に興味を持っているのは、機械、特に飛行機なのだ。そんなペトロヴァの心を察し、なにかと手を差し伸べてくれるのが、下宿人のシンプソンさんだ。こうして誰一人血のつながらない屋敷の人々は、「家族」を築いていく。
おっとりとした語り口に、徹底的なリアリズムを宿した本作は、今、新訳で出るにふさわしい物語なのだ。
(さんべ・りつこ=英米文学翻訳家)
『本のひろば』(2018年5月号)より