税込価格:1980円
この商品を買う 問い合わせる
※在庫状況についてのご注意。

内容詳細

ユダヤ思想の真髄を学ぶ

18世紀東欧で興った「ハシディズム」運動は、ブーバー、ヘシェルらの思想家をはじめ、現代のユダヤ文化に多大な影響を与えた。このユダヤ教復興運動に焦点を当て、ユダヤ教の内面を探る入門書。ユダヤ人の日常生活・宗教生活の実態をわかりやすく解説。

在庫表示は概要となります。詳しくは「問い合わせる」ボタンから直接出版部にお問い合わせください。

書評

東欧ユダヤ庶民の慰めとなった思想の紹介

手島佑郎

ユダヤ教の霊性

ハシディズムのこころ

森泉弘次

日本人読者にとってユダヤ思想家といえば、すぐ思い出されるのは『我と汝』によって戦前から有名な対話の思想家マルティン・ブーバーであろう。戦後邦訳著作集が二度も刊行されたほど多くの読者を持っている。戦後四〇年以上たった一九九〇年代に入って、ブーバーの高弟のひとりA・J・ヘッシェルの主著『イスラエル預言者』以下数冊が続けて刊行された。両者を結ぶ太い糸は、ナチスによるホロコーストによって全滅に近い被害を蒙ったと言われる東欧ユダヤ人社会の宗教思想ハシディズムである。ブーバーもヘッシェルも、第一次および第二次大戦後の価値観の混乱、救い難いニヒリズムから人類を救いうると信じた思想的キーの一つをこのハシディズムのうちに見出し、その解明と伝達に努力した。

本書は、若き日エルサレム・ヘブライ大学でマスターしたヘブライ語やアラム語を駆使して一次資料を読みこなせる著者が、晩年のヘッシェル(当時ニューヨーク市のユダヤ神学校大学院教授)の下でユダヤ神秘主義思想を学び、師の死後、博士論文として同大学院に提出したハシディズムと禅宗の比較をテーマにした論文に基づいて書いた体系的なハシディズム論である。

わたしのように西欧思想史の知識を背景に、ブーバーとヘッシェルの著作、および彼らに影響を及ぼした近代ドイツ文学と哲学、および英仏文学作品を通してハシディズムにアプローチしている者にとっては、初めて知ることがいくつも本書にはある。

たとえば東欧ハシディズムの創始者バアル・シェム・トヴの名前の語義は「善き名前の持ち主」ぐらいにしか理解していなかったが、実は「神秘的な天使の名前をいろいろ組み合わせて、病人などの求めに応じてお守り札を書く職業、経札師」(一七頁)のことだとは! こうして得た知識によって、この傑出した、慈悲と癒しと忘我(エクスタスィー)を兼ね備えた宗教的指導者の生きた時代と特定の文化が髣髴としてくるのである。

ハシディズムの信仰の基礎が「全地は神の栄光に満つ」(イザヤ六・三)であるという指摘も興味深い。ありとあるすべての被造物にはシェヒナ(神の臨在)が秘め隠されている。ゆえに人は財力や学歴や地位で差別されてはならない(一八、一九頁)。この教えが、日々ポグロムに脅かされながら懸命に働いて家族の生活を支え、トーラーの教えを慕う貧しいユダヤ庶民にとってどれほど大きな慰めになったか、はかりしれない。

一五四九年鹿児島に上陸して宣教したザビエルを初めとするカトリックの宣教師たちが短期間に多くの信者を生み出したのは、神の前での人間平等の教義と医療の力に負うことが多かったことが連想される。

著者は一八世紀ハシディズムの思想の中で特に「デベクート」(神への密着)(わたしなら「愛着」のほうを選ぶ)を重視する。ハシディズムでは、聖四文字(ヤハウエ)あるいは祈遖ア書や聖書の言葉をひたすら思念し続けることがデベクート達成の秘訣とされていたという(四八、四九頁)。これを迷信じみた工夫として退けるのは容易だが、たとえば詩篇二三篇を毎日一度心を込めて唱えることがどれほど恵みか、やってみればわかる。

最後に、著者は第四章でハシディズムにおける「ビトゥル・ハイェシュ」(自己存在の滅却)の重要性を詳しく説いている。これは東南アジアの上座部仏教、とくにタイ仏教のアナッタ(無我)の教義、あるいは日本仏教の空に通じると思う。故小山晃佑博士が名著『水牛神学』において、マルコ九・一七のテンカンの青年をイエスが癒した記事と、申命記七・六─八の「主があなたたちを選んだのは……ただあなたに対する愛のゆえ(だった)」を引いて、イエス・キリストの神は無償の愛によって、衰えた人の自己を肯定し強めてくれる神であるという意味の発言をしていることを思い出した。

以上は本書が含む有益な指摘のほんの一部。一読を薦める。

(もりいずみ・こうじ=青山学院女子短期大学名誉教授)

(四六判・二三四頁・定価一八九〇円[税込]・教文館)

『本のひろば』(2010年7月号)より