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内容詳細

カルヴァン生誕500年記念

2009年にカルヴァン生誕500年を記念して、全国で開かれた講演や説教を収録。現代ドイツ語圏におけるカルヴァン・改革派研究の第一人者が、歴史の深みと信仰の魅力を存分に語る。カルヴァンの旧約聖書解釈の他にも、当時のジュネーヴの出版事情や、教会における音楽や建築、倫理の問題など、多岐にわたる主題を取り扱う。カルヴァンの信仰と思想を現代に受け継ぐための道しるべ。

 

「日本にある教会が、カルヴァンの詩篇理解を知ることで得られる益は大きいと思われる。私たちのこの地での歩みは、具体的な守りと力に囲まれているとは言えず、常に不安定に揺れ動く少数者の群れとしての歩みだと言わざるを得ないからである。カルヴァンが亡命者の唯一の避け所とした神のみ言葉により頼むことは、私たちの文脈でも確認されなければならない。それは、聖書の源泉から溢れるものを汲み出すという喜ばしい仕事を通してのみなされることである。(本文より)」

 

【目 次】

はじめに 「カルヴァン生誕500年記念講座」開会挨拶(南  純)

第1章 「カルヴァン500」へ

1 カルヴァン・改革派神学研究所セミナー報告
  カルヴァンと旧約聖書(大石周平)

第2章 「カルヴァン500」

1 プログラム
2-1 礼拝説教 エフェソの信徒への手紙2章10節(P. オピッツ)
2-2 礼拝説教 マタイによる福音書11章25-30節(W. シュルツ)
2-3 礼拝説教 「ノアはすべて神の命じられたようにした」 (創6:22)についての黙想(A. ラウハウス)
3-1 主題講演 カルヴァンの旧約釈義(P. オピッツ)
3-2 協力講演(1) 出来事と公共性(W. シュルツ)
3-3 協力講演(2) ジュネーヴ詩篇歌と旧約釈義(A. ラウハウス)
4 ワークショップ 詩篇46篇と138篇について(P. オピッツ)
5-1 神学校特別講義 改革教会と旧約聖書(A. ラウハウス)
5-2 教文館特別講義 改革教会の教会建築と礼拝にとって持つ意味(A. ラウハウス)

第3章 「カルヴァン500」から

1 「カルヴァン500」に出席して(大住雄一)
2 カルヴァンにおける礼拝と社会倫理の結びつき(菊地純子)

編者あとがき(菊地信光)
学術社団「カルヴァン・改革派神学研究所刊行会」規約

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書評

カルヴァンの信仰と思想を受け継ぐために

秋山 徹

 本書は、カルヴァン・改革派神学研究所がカルヴァン生誕五〇〇年を記念して二〇〇九年五月に行った記念講座の講演・礼拝説教と、それに先だって日本キリスト教会神学校で二〇〇七年から二〇一二年にいたるまで継続して開かれた公開セミナー「カルヴァンと旧約聖書──カルヴァンはユダヤ人か?」の報告、その他で構成されている論文集である。「カルヴァンはユダヤ人か?」という表題に「えっ、そんな噂があるのか?」と驚かされるが、これは要するに、カルヴァンは若い日に人文主義の古典文献に対する取り組みの姿勢に触れており、ヘブライ語にも熟達し、また、ユダヤ教のラビとも交流があり、ユダヤ人がどのように旧約聖書を解釈しているかについても深い知識をもっていた、ということで、カルヴァンの旧約聖書釈義、特に詩篇釈義の詳細に深く迫ろうとした意欲的な取り組みの成果である。カルヴァンは『キリスト教綱要』一書の人とのイメージが固着している人も多いかと思うが、近年カルヴァンの旧約・新約各書のほぼ全巻に亘る注解や膨大な量の説教、手紙や礼拝指針などの大量の著作が公刊され、研究が進み、新しいカルヴァン像が提供されてきている。この書で扱われている主題も、カルヴァンの生誕五〇〇年を期に、現代の教会と社会にそのような新しい研究の進展から新たなインパクトを与えていることを証しするものとなっている。
 「セミナー報告」では、聖書学、歴史学、組織神学、実践神学などさまざまな分野からの参加者を得て、共同作業のかたちでカルヴァンの六つの詩篇理解をあらかじめ定められた作業過程に従って解剖し、その深みを捉えようとの試みで、この詩篇研究によってカルヴァンの教会論、聖餐理解を解く鍵を見出しており、参加者の意気込みと神学をする楽しみが伝わってくる。
 記念講座で来日講演したチューリッヒ大学の宗教改革史の気鋭の教授P・オピッツの「カルヴァンの旧約釈義」についてや、宗教改革史研究の中心地ドイツのエムデンにあるヨハネス・ア・ラスコ図書館教授A・ラウハウスの「ジェネーヴ詩篇歌と旧約釈義」、「改革教会と旧約聖書」の二本の講義はきわめて密度の濃いもので一読の価値がある。同じ詩篇四六篇を歌うにしても、ルターのコラール「神はわがやぐら」は、この詩を試みの中に生きる教会の状況に置き換えて直ちにキリストに結び付けて歌うのに対し、カルヴァンの自作詩篇歌では忠実に詩篇の言葉をテキストに即して歌っているという違いに両者の違いが良く現れていて興味深いし、旧約も新約も、ともに一貫した神の恵みの契約を表しているものとして読むカルヴァンの基本姿勢から解き明かされてゆく、簡潔で、合理的で、暗喩や寓喩的解釈によらず、その背景や文脈、著者の目的を重んじながら一言も神の言葉としておろそかにしない聖書釈義の方法が明らかにされている。私見では特に、オピッツの講義は旧約聖書を通読して、そこから神の言葉を聞き取る方法を学ぶ信徒のために、ラウハウスのものは旧約をテキストにして説教をする牧師のために極めて有用なものと思われる。カルヴァンの旧約理解の方法を論じると共に、 「今日の視界の中での旧約聖書」についても論じられ、刺激が与えられる。今日の旧約聖書学によれば、旧約聖書はモーセの時代にシナイ山で起こったのではなく、「一神教の革命」といわれるイスラエルの捕囚期後の神理解に立って聖書全体が編集され成立していると考えられている。このような最近の旧約学の発展の成果を取り入れる場合にも、五〇〇年前のカルヴァンの聖書解釈方法に学びながら、旧約聖書を神の言葉として聞き、新約聖書を通して語られる覆いが取り除かれ、さらに明らかになった光のもとで生きた福音として伝える方法論が示唆される、その基本の姿勢を学ぶことができるからである。
 日本キリスト教会神学校という改革長老教会の教理と教会観に立った神学校、神学研究所であるゆえに、教派横並びの神学の学びでは突破できない深みに向かって進んでゆく道が開かれていることを、これらの学びの様子から窺い知ることができる。

(あきやま・とおる=日本基督教団上尾合同教会牧師)

『本のひろば』(2014年5月号)より