【たくさんのふしぎ40th】🤔 (2019年9月号)
『一郎くんの写真 日章旗の持ち主をさがして』
木原育子 文
沢野ひとし 絵
福音館書店 刊
2025年7月5日 発行
1430円(税込)
40ページ
新聞記者の使命は、もう二度と戦争をさせない社会にすることだ
戦後のアメリカで1枚の日章旗が発見されました。茶色くくすんだその旗には大きな文字で「一郎君へ」と書かれています。これは、持ち主であろう「一郎君」をさがしてほしいと託された著者をはじめとする中日新聞社取材班による取材の記録です。探すといっても手がかりはほとんどありません。唯一の手がかりは日章旗に寄せ書きされている59人の名前です。静岡県に多い名字と検討をつけた著者は、昔の電話帳から1人ずつ名前を調べ、1軒1軒訪ね歩き、友人や親族の話をきくに至ります。戦後何十年と経っているため、名前を書いた人の多くは亡くなっていたり、消息がわからない人もいたでしょう。こうした中でも取材班は努力を続け、ついに一郎くんのお母さんが引き出しの中に大切にしまっていた一郎くんの写真と出合うのですから、お仕事ぶりに敬意を抱かずにはいられません。
本書は、中日新聞・東京新聞朝刊の連載記事「さまよう日章旗」(2014年8月)を知った「たくさんのふしぎ」の編集者が、読者である子どもたちに3つのことを伝えられると考え、著者である木原育子さんに執筆を依頼しました。1つは新聞記者の仕事について。本書の冒頭に新聞記者は、驚きや発見を「伝える」仕事、とあるのですが、あの時代に一郎くんという人間が生きており、たくさんの人に愛され、戦争に対して複雑な思いを抱えながら戦地に赴いたことは、それを調べて公に伝える人たちがいなければ私たちは知ることができません。2つ目は息子を愛する母の思いについて。3つ目は私たちの周りには誰かに開けられるのを待っている引き出しや箱が無数にあって、私たちはそういうものと共にくらしているのではないか、ということです。この大きな3つの主題が簡潔に、かつ丁寧に書かれています。そして、沢野ひとしさんの絵が著者の穏やかな文体とあいまって、深刻な内容の中にも温かみを感じさせます。
本書の一郎くんも当時召集された数多いる兵士の一人に過ぎないかもしれません。ですが、困難な時代に精いっぱい生きた若者がいたこと、戦争が終わっても息子への思いを抱き続けた母親がいたこと、何より、彼らが戦争さえなければ私たちと同じようにくらしていたであろう人たちだということを彼らの人生は教えてくれます。そしてこれこそ、私たちが戦争を考える時、決して忘れてはいけないことだと思うのです。(ほ)
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