ベスト 👍 フィクション
『しずくと祈り 「人影の石」の真実』
朽木祥 作
小学館 刊
2025年10月 発行
1540円(税込)
176ページ
対象:小学校高学年以上

影となっていなくなった人は、どこからきたのか?

ご自身も広島出身の被爆2世として、これまでも失われた声を物語に紡いできた朽木祥さんが、記憶の風化と継承が大きな課題となっている戦後80年の今年、新しい物語を生み出しました。原爆の非人道性を伝える遺物の中でも、とりわけ多くの人々に衝撃を与えてきた「人影の石」についての物語です。

8月6日の午前8時15分、原爆の投下とともに、広島に住んでいた多くの市民が犠牲になりました。その朝早く、爆心地から260メートルの場所にあった住友銀行の入口の石段に腰を下ろして開店を待っていた越智ミツノさんも、帰らぬ人となったのです。直前にミツノさんに挨拶をした知り合いや、銀行の防空壕入口付近でミツノさんが肌身離さず持っていた「火災保険証書」を拾った少年兵、数日後に石段の上の遺体を収容した兵士の証言などから、この人影に名前が与えられるまでの過程がノンフィクション仕立てで語られます(*)。またこの物語は、越智ミツノさんの娘(幸子)・孫(千鶴)・ひ孫(愛子/恵)…と血を繋ぐ女性たちが、母ミツノさんを亡くした時の幸子さんと同年代(16歳~19歳)の時に、それぞれどのようにミツノさんの死(=人影の石)と向かい合ったのかが描かれ、一つの家族の物語であると同時に、被爆という重い歴史を背負った街の歴史を記すものにもなっており、時が経っても消えることのない痛みと悲しみが人にも街にも刻まれていることを感じさせます。

文中に度々登場する忘却への警告は、世界の為政者が軽々しく核の使用を口にするようになった今、決して杞憂とは言えません。たとえ被爆者がいなくなっても、私たちは広島と長崎で何が起こったのかを忘れてはいけませんし、生きた証を残すこともできず、生死さえ未だ不明の方が多くいる事実を重く受け止めなければなりません。美しいタイトルに託された著者の想いは、それほど強く切実なものなのです。(か)

*「人影の石」については、複数のご遺族がご自分の親族ではないかと申し立てられており、人物の特定はなされていないそうです。(広島平和記念資料館ホームページより)

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