クリーンヒット⚾ 『空を駆ける』
梶よう子 作
集英社 刊
2022年7月 発行
定価2090円(税込)
393ページ
対象:大人

バーネットの名作『小公子』を日本で初めて翻訳した若松賤子の生涯を描く歴史フィクション

物語は江戸末期の1864年に会津藩士の娘として生まれた大川カシが、11歳でフェリス女学院大学の前身である横浜の女学校「フェリス・セミナリー」に入学するところから始まります。カシは戊辰戦争で会津が敗北した後、実家の松川家から横浜の織物商番頭の大川家に養女に出され、その後フェリス女学院の創設者のメアリー・エディ・キダーの私塾で英語を学んでいました。新しい校舎で始まる新しい生活に胸を躍らせるカシは、優れた教育者であり信仰の篤いキダー夫妻の元で、知識を身につけるだけではなく「いかに生きるべきか」を考え行動する自立した女性として成長していきます。そして、日曜学校で幼い生徒たちに外国の物語を語ってきかせる中で、優れた物語が子どもたちの心をとらえる様子を目の当たりにしたカシは、自らも創作や翻訳への意欲を高めていくのでした。

「女に学問は不要」というのが世間一般の常識であった当時、女性が学んだ知識を生かして経済的・精神的に自立するのはまだまだ難しいことでした。親に捨てられたという思いが心の底にいつもわだかまっていたカシにとって、フェリス・セミナリーはまさに心から安らげるホームであり、またそこで受けた教育によって未来が拓かれたことに気づく場面に心が揺さぶられます。周りから見れば申し分のない結婚相手であった青年将校との婚約を破棄したのも、その結婚では自分らしく生きることができないことを悟ったゆえの決断であり、カシの苦しみは現代を生きる多くの女性にも共通する思いです。教師であり、また文学者である己に誇りを持っていたカシは、その後自分を理解し苦楽を共にできる男性と出会って結婚し、3人の子どもをもうけました。わずか31歳の若さで亡くなりますが、自分を偽らず精一杯生きたカシの一生は、後に続く女性たちに多くの勇気を与えたに違いありません。

優れた文学を通して家庭と子どもに働きかけ、次の時代を作る人たちの考えを少しずつ良い方向に変えていこうとした若松賤子(大川カシ)は、女子教育の先駆者として名高い津田梅子と同い年です。時代と戦い切り拓いてきたこれらの女性たちの存在があったからこそ、今我々の自由や権利が保障されていることを忘れてはなりません。またそれらは、常に失われないように戦い続けながら次の世代にバトンを手渡していくものなのだということを、肝に銘じたいと思います。(か)

★ペンネームの「若松賤子」は故郷の会津若松と、神のもとではみな等しく僕であるというキリスト教の教えから作られたものだそうです。この本は大人向けの文芸書ですが、高校生くらいからは読める(読んでほしい)と思います!

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