クリーンヒット ⚾ フィクション
『ペンツベルクの夜』
キルステン・ボイエ 作
木本栄 訳
静山社 刊
2025年5月 発行
1980円(税込)
160ページ
対象:小学校高学年から

あの日、「正義」はどこへ向かったのか

南ドイツ・バイエルン州の小さな町ペンツベルクで終戦間際に起こった惨劇を、ドイツを代表する児童文学作家が架空の人物と歴史的事実を織り交ぜて創作した物語。著者は2022年に本作で2度目となるドイツ児童文学賞を受賞しました。

1945年4月28日、ドイツの敗戦は既に濃厚で、ペンツベルクの町から15キロのところまでアメリカ軍が迫っていた日の早朝、ラジオから反ナチス抵抗運動“バイエルン自由行動”の声明が流れてきます。その頃ヒトラーは全国民に、敵の利となるもの(道路、工場、機械)はすべて破壊せよという「焦土作戦」の実行を命じていたのですが、この放送を聞いた元市長のルンマーは町の産業の生命線である炭鉱とそこで働く捕虜を「焦土作戦」から守るために、数人の同志と共にいち早く行動を起こしました。そしてナチの市長から権限を取り戻し、市庁舎から市民に向かって戦争終結の宣言をします。ところが、その後この町にやってきたのは解放者としてのアメリカ軍ではなく、南に向かう途中のドイツ国防軍だったのです。彼らは上官の命令で市庁舎を包囲し、そこに集まっていたルンマー市長ほか反ナチ派の人々を捕らえ、国家反逆罪で処刑しました。しかし殺戮はそれだけ終わりませんでした。軍隊が去った後にヴェアヴォルフ(人狼)部隊と呼ばれる15歳未満の少年と老兵の民兵組織がやってきて反体制の危険人物とされる人々をリストアップし、裏切者と認定された人たちを次々と絞首刑にしていくのです。この一晩で粛清された人々は銃殺・絞殺を合わせて16名に及びました。

この事件はドイツでも一般的にはあまり語られてこなかったそうですが、著者は「今のような時代だからこそ若い世代に知ってほしい」「犠牲者たちの記憶を風化させてはならない」という思いから、読者と同年代の架空の若者を登場させた物語として著しました。どうすることが自分にとって有利になるか――大人たちが各人の思惑、打算、忖度、信念で行動する様子を3人の若者たちがそれぞれの視点で見つめていくことで、過去の出来事が臨場感を持って迫ってきます。

「なぜこのような恐ろしい暴力が暴走したのか」、その問いを読者が胸に刻み考え続けることでしか、次の「ペンツベルクの夜」を防ぐことはできません。誰かに責任を委ねて思考停止に陥ることなく、私たちは人としてどう行動することが正しいのかを、恒日ごろから自らに問い続けなければならないのです。(か)

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