クリーンヒット ⚾ ノンフィクション
『子どもも兵士になった 沖縄・三中学徒隊の戦世』
真鍋和子 著
多屋光孫 絵
童心社 刊
2025年4月 発行
1980円(税込)
239ページ
対象:中学生から

これは、80年前、本当にあった物語である。

戦後80年。歴史の教科書の中で「日本で唯一地上戦が行われた場所」として記録され教えられている沖縄戦ですが、その教育の実態は断片的な知識の伝達でしかありません。亡くなった方の人数の向こうに膨大な人生があることに、私たちはどれだけ想像力を持っているでしょうか。この本ではわずか14歳(~17歳)で兵士にさせられた子どもたちの経験した悲惨な戦闘と、無責任で人命を極度に軽んじる戦争の実際が淡々と、しかし容赦なく描かれます。

戦時中に子どもたちが受けた教育はすべて「立派な軍人になってお国のために命をささげること」を目的とし、そのような考えを自らのうちに深く埋め込んで疑問を持つことのない子どもを育てることに注力されていました。学校には軍事教練を行う軍人の教官が配属されていて、藁人形を竹槍で突く、バケツリレーで消火をする、手旗信号、行軍などの練習や、壕掘りなどの勤労動員に明け暮れ、子どもたちは勉強をしたくてもすることさえ許されなかったのです。食糧増産は課されても、それらはすべて軍へ供出するためのもので、人々は苦しい生活を「戦争遂行のため」と我慢させられていました。
そして、いよいよ戦況が厳しくなっていくと、大本営は沖縄全体を本土決戦に備えた航空基地にするために島民全てを動員した体制を作ることにし、政府は戦闘の邪魔になるであろう老人・女性・子ども約10万人を本土と台湾へ疎開させる命令を発出します。この過程で1944年8月、疎開児童ほか1800人を乗せた対馬丸沈没の悲劇が起こったのです。その後、兵員不足を補うための防衛招集では、沖縄だけの特別な規定として「志願があれば」14歳からでも兵士にすることが可能となります。しかし実態は「志願」とは名ばかりの事実上の強制であり、少年たちは軍の要請で通信隊としての訓練を受けさせられた後、すぐに入隊して危険な前線任務に就かされ、そこで多くの命が失われたのでした。
通信兵として招集された子どもたちは満足な訓練も受けられず十分な装備もない中で米軍の容赦ない攻撃にさらされ、さらには上官から無謀な突撃を命じられた挙句、激戦のさなかに「解散」という名で戦場に放置される――その理不尽さには怒りを禁じえません。子どもたちは必死に助け合い、なんとか生き延びて山中に避難をしていた家族の元に辿り着けた生徒もいましたが、命を落とした者も少なくありませんでした。また国によって強制的に兵士とさせられたにもかかわらず「日本軍兵士」として収容所に送られた者もいたりと、生き残った子どもたちは後々まで苦しい思いを強いられました。これら三中学徒兵が体験したことは、戦争を知らない私たちこそしっかりと学ばなければならない歴史の事実なのです。

教育は、子どもたちがよりよい未来を己の手で切り拓いていくための力となるものでなくてはなりません。間違っても愛国の名のもとに「国のために死ね」と教えるようなものであってはならないと、三中学徒兵の戦世の日々は教えています。(か)

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