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『今日拾った言葉たち』
武田砂鉄 著
暮しの手帖社 刊
2022年9月17日 発行
238ページ
定価1,870円(税込)
対象:大人

発せられた言葉、その矢印が刺さる先

雑誌「暮しの手帖」で、同タイトルで2016年春号から2022年夏号に連載された中から選り抜かれた”言葉たち”が、1冊の本になりました。著者の武田砂鉄さんは出版社勤務を経て、現在はライターとして活躍しています。教文館ナルニア国では、過去にライターの永江朗さんの連続トークセッションで、永江さんと「ヘイト本と書店について」というタイトルで対談をしていただいたことがあります。鋭い洞察力で現代社会に通底する様々な問題や価値観について掘り下げる砂鉄さんのお話にはハッとさせられる場面が多くありました。

この『今日拾った言葉たち』では新聞各紙、書籍、記者会見やスピーチ、Twitterなどのあらゆる媒体と場面で発せられた言葉を年別に拾い集めた砂鉄さんが、その言葉を通して見えてくるもの、考えたことを綴っています。
例えば、「2018年」の章にある「共感できるか、倫理的に許せるかで、人物をジャッジする読み方は、読む側の現実の法則を小説という虚構世界に持ち込み過ぎるんです。」というフリーライター・江南亜美子さんの言葉。『すばる』の1月号に掲載されたものですが、江南さんは、翻訳家の鴻巣友季子さんと谷崎由依さんとの鼎談で、小説を評価する時に「主人公が共感可能な人物であることが、良い小説だという評価軸は意外と強固」だと語られたそう。そのことに砂鉄さんは、あらゆる文化産業やビジネスにおける評価や価値の判断基準が顧客の共感力に委ねられつつある世の傾向を憂い、それらが小説の読み方や書き方にまで波及してきていることを危惧しています。
読書の楽しみのひとつは、未知の世界や自分とは異なる考え・価値観に触れることで己を耕すことにあるはずです。「主人公に共感できる=良書」として同じような類の作品ばかりが作り出されることになったら、つまりは人々の思考そのものが短絡的になり、偏向もより顕著になって……。そういう世の中に生きることを想像するとちょっと、いえ、だいぶコワイ。

こうした様々な”言葉たち”を読んでいくと、「そういえばこんな出来事があったな」と回想したり、「あれから何年もたつのに社会は何も変わっていない」という憤りを覚えたりします。私たちの日々の暮らしの中で大切なのは、考える力、情報を疑う力をつけること。この本はその必要性を装飾なく訴えています。
もうひとつ、砂鉄さんが言葉を拾ってきている書籍情報がブックガイドのようでとても魅力的。恥ずかしながらこの本で初めて知ったタイトルも多くあり、そのこともまた”私”という世界の裾野を広げてくれたことは間違いありません。 (い)

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