ベスト👍 ノンフィクション
『桃を煮るひと』
くどうれいん 著
ミシマ社 刊
2023年6月24日 発行
定価1,760円(税込)
136ページ
対象:大人

誰かと、とびきり楽しい食事がしたい

英語のことわざに「You are what you eat」ということばがある。おおきく「あなたは、あなたが食べたものでできている」という意味だが、単に栄養面においてのみならず “食” にまつわる記憶や幸福感というのは “個人” を形成するうえでなにものにもかえがたい。いつ、どこで、だれと(もちろんひとりの時だってある)、なにを食べたのか。食事の温度や香り、その時の空間や相手との会話、もしかすると着ていた服などの細部にいたるまで記憶の引き出しは連結している。それら一つひとつの小さな記憶の重なりは、ふとしたことで掘り起されたり、別の記憶と比較されたりすることで、新たな体験として昇華していく。

くどうれいんさんの新刊エッセイ『桃を煮るひと』の中にある「んめとごだけ、け」という話は、その最たるものだ。農家を営むくどうさんの祖母は子どものくどうさんに、畑で形のいびつなものや熟れすぎてしまったものをもいで地面に捨て、「んめとごだけ、け(おいしいところだけ食べなさい)」と言ったそうだ。食べものを慈しむ行為と対極にあるそのことばを不思議な気持ちで捉えていたくどうさんは、大学生になったある夏の日、キッチンの三角コーナーを片づけながら野菜が朽ちゆくにおいに突如過去に引き戻される。畑の隅には腐乱した野菜が山になっている場所があったことを。そしてそれらは「とても鮮やかに、朽ちていた」が、「不思議と、いやな気はしなかった」ことを。
どんなものでもいずれ朽ちるのであれば、なるべくおいしいところを選んで食べることは道理にかなっている。それを人生にも通底するメッセージだと再認識した彼女は、農業の悲喜を肌感覚でダイレクトに受け止めていた子ども時代の記憶をより美しく自分のものに更新した。

全作『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD/税込1,000円/当店でも販売中)に続く2作目の食にまつわる本書にはほかにもたくさんの話が綴られている。とりわけすばらしいと思って繰り返し読んだのが、「ひとりでご飯を食べられない」という話。読者の楽しみを奪うのは本意ではないのでぜひ読んでいただきたいと思うが、とにかく彼女の体験談も締めのことばも胸を打つ。私たち本に関わる者は、眩しいほどにまっすぐな感性でことばを紡ぐ彼女のような人がこれからも安心して表現できる世界を守らなくてはならないと思う。

そして。
とっても厚かましいけれど、くどうさんとお友だちになりたいと思う。もし、東京・銀座にいらっしゃることがあったら一緒にご飯を食べましょう。私もまた、あなたが顔をほころばせておいしそうに食事するところを見てみたい。 (い)

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