ベスト👍 『住所、不定』
スーザン・ニールセン 作
長友恵子 訳
岩波書店 刊
2022年6月 発行
定価1980円(税込)
318ページ
対象:中学生以上

ぼくには、だれにも言えない秘密がある

母親と二人暮らしの12歳の少年フィーリックスは、母の失業をきっかけにアパートを追い出されてキャンピングカーでの生活が始まります。「次の仕事が見つかるまでのほんの少しの間」のはずだったホームレス生活は、母のアルバイト先でのトラブルによる再度の失業やうつ症状によって4カ月にも及んでしまいます。誰にもこの秘密を打ち明けることのできないフィーリックスは、だんだんと追い詰められた状況になっていき……。

物語の設定はシビアで、フィーリックスの置かれた状況はかなり深刻です。キャンピングカーにはないトイレやお風呂などは学校や公共施設を使わなければならず、食べるものにも不足していつもお腹を空かせています。けれども母親のアストリッドは福祉の世話になることを頑なに拒んでいて、時には生活のために犯罪(万引きや知人宅への不法侵入)も行うしまつ。フィーリックスはそんな母親のことをハラハラしながら見守っています。でも不思議と重苦しさがないのは、語り手のフィーリックスが実に明るく、秘密を守ろうと時にドタバタ喜劇のようなおかしさで奮闘する様子がユーモアを交えて描かれていくからでしょう。夏休み明けの新しい中学校で再会した親友のディランや、フランス語集中講座の同級生でおしゃべりで気の強いウィニーなどの個性的な仲間たち、クラスの先生ムッシュ・チボーなど、彼を囲む人々との交流も見どころの一つです。そして、雑学の知識が豊富なフィーリックスはクイズ大会に出場して賞金を稼ぎ、ホームレス生活から脱出しようと試みるのです。

子どもの頃に信じられる大人に出会えなかった母親は「人を信じちゃダメ」が口ぐせとなり、そのことが彼らの状況を悪化させる要因ともなりました。けれどフィーリックスは彼の窮状を知り手を差し伸べてくれる人々と出会ったことで、未来を切り開くことができました。それがこの物語の最後の言葉に力強く響いています。(か)

「でも今、ぼくはこれまでとはちがうものを信じはじめている。ずいぶんまえに、アストリッドが信じることをやめてしまったものを。
それは人だ。
アストリッドは、子どものころ、信じられる人に出会えずに大人になった。
でも、ぼくはアストリッドとはちがう。
ぼくは信じてみようと思っているんだ。」

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