ベスト👍 フィクション
『かはたれ 散在ガ池の河童猫』
朽木祥 作
山内ふじ江 画
福音館書店 刊
2021年6月10日 発行
定価770円(税込)
288ページ
対象:小学校中学年から

心で見ること、それが真実ーー

朽木祥さんのデビュー作として知られるあの名作が文庫になりました。
主人公は人間界にほど近い小さな沼に1匹で暮らす河童族の子。人間でいうところの8歳になったばかりのまだ幼い河童です。
生き残りをかけて猫に化けて人間界に修行に出かけた河童の八寸と母親を亡くした女の子・麻との交流を描いたストーリーは、予期せず家族を失った子ども(八寸と麻)の心の機微を丁寧にとらえているばかりでなく、物語冒頭の八寸と蝶トンボのシーンをはじめとした美しい情景が随所に登場することからも、著者の感性と筆力の高さがうかがえる作品です。

麻に助けられて一緒に暮らすことになった河童猫の八寸ですが、ひょんなことから麻と飼い犬のチェスタトンに本来の姿をさらしてしまいます。驚いた麻は、「八寸は猫なのか、河童なのか」と悩みます。
しかし、帰らない家族を待つ八寸の寂しさやひたむきさと、母親を恋しがりながらも自分の内に沸き起こる様々な疑問に戸惑いもがく麻の心は、言葉という枠を超えて共鳴し互いを強く結びつけます。
そして麻は理解します。「何が見え、何が聞こえても。どんな色が見え、どんな音が聞こえても。麻の心の見ること、そして、聞くことこそが、真実なのだ」と。

この後、おしまいに向けて一気に加速するお話に私はすっかり心を奪われ、幾筋もの粒が頬を伝うのを感じました。
そんな彼らの4年後を描いた続編『たそかれ 不知の物語』(福音館書店)もぜひお読みください。線の細くあどけない様子だった八寸は体つきがしっかりして手足が伸び、麻も中学3年生になります。
こちらはまだ文庫化されていませんので、ハードカバーでどうぞ。 (い)

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