『ユリの便箋』
『ユリの便箋』
森川成美 著
静山社 刊
2026年1月 刊行
定価1540円(税込)
208ページ
分類:フィクション
対象:高学年以上
男女の双子でデザインを勉強したいユリと服飾に興味のある惺は入れ替わり…!?
第一次世界大戦が終結した1919年(大正8年)、東京に暮らす叔母を頼って佐賀から上京した双子のユリと惺(さとる)には、ある計画がありました。おしゃれやファッションに関心があり洋裁を学びたい男の惺と、図案を学びたい女のユリーーしかし当時、男は裁縫学校には入れず、女は図案を学ぶための美術学校に入ることは許されていませんでした。そこで、二人は容姿がそっくりなことを利用して、それぞれが学びたい学校に入れ替わって入学することをもくろんでいたのです。髪を短く切り、弟の学生服を着て登校するユリ。二人の入れ替わり作戦はうまくいくのでしょうか。
入学当日に校門で声をかけてきた青年が、憧れの図案家「和香けいち」こと若宮圭一と知って驚くユリ。画学校の実技で若宮からデッサンの授業を受けるユリは、自分も図案を制作する日を夢見て懸命に学んでいきます。そのうち、ユリのセンスを見込んだ若宮は、彼女と官製美術学校の受験を目指す赤松とを自宅のアトリエに呼んで、補習授業をしてくれるようになるのですが、そんな折、惺が裁縫学校で問題を起こして退学になってしまうのです。図案家になる夢を諦めたくないユリが、自分が女であることを若宮に明かすと、若宮は戸惑いながらもユリの覚悟を受け入れてくれます。そして彼が友人と二人で始めたデザイナーブランドである「和香けいち」を、戦死した友人のためにも続けたいと願っていることをユリに打ち明けてくれたのです。こうしてユリが「和香けいち」を継ぐための厳しい修行が始まりました。
二人の入れ替わりの顛末がどうなるのか、自分の夢のために大胆な計画を実行する二人を応援しつつ、しかし同時にそこには時代の影も感じられて、言いようのない感情が読者の中でくすぶります。どうして男は洋裁を習うことができないのか、なぜ女が美術学校で図案を学ぶことが許されないのか―—? そしてシベリア出兵による徴兵の不安が、若宮にも赤松にも、そしてユリの弟の惺にも影を落としています。国家が先導する戦争が「国のため」という大義のもと、個人の夢や希望を押しつぶしその命まで容赦なく奪っていく事実が、悲しく切なく胸に迫ります。平和でなければ文化や芸術は守られません。綺麗なもの・美しいものは「不要なもの」として切り捨てるのが戦争なのです。
戦争を生き延びた赤松が語った言葉を、私たち一人一人が心に留めなければなりません。(か)
「戦争はいけません。みなさんはきっと、戦争は人が死ぬからだめなんだ、と思っておられることでしょう。しかし、これはただ生き死にだけの問題ではないんです。なにかを創りあげることができる人の能力をどぶに捨て、良いものをいつくしみたいという、人の心を壊すんですよ。」(196-197p)
