『わたしが戦場にいる』
『わたしが戦場にいる』
小手鞠るい 著
偕成社 刊
2025年12月 刊行
定価1540円(税込)
190ページ
分類:ノンフィクション
対象:中学生以上
若い世代に向けた戦争と文学、戦争と人間をテーマにつづられるエッセイ
小手鞠るいさんは大人向けの小説でも児童文学でも、意識をして戦争について書かれている作家です。本書では過去の文学作品を紹介しながら、作家たちがどのように戦争を描いてきたかを読み解いていきます。
「第一の扉 ある日、赤い手紙が届く」では、吉行淳之介や小松左京、柴田錬三郎などの太平洋戦争を体験した世代の作家たちが書いた短編の戦争文学が抜粋されていますが、いずれも作家自身の体験から生まれたフィクションであり、ゾッとする怖さがあります。日本では若者が戦争に召集されたのは80年以上前の過去の出来事ですが、世界各国では現在進行形であることを、1979年生まれのタイの作家の物語(「徴兵の日」)は教えてくれます。壺井栄の『二十四の瞳』の中には、作者の激しい戦争への怒りがあることも胸に迫ります。
「第二の扉 作家たちと戦場へ」では、中国の戦場を体験したやなせたかしさんの詩のほかに、村上春樹や村山由佳などの父親が戦争を体験した世代の作家が書いた戦争文学が紹介されています。やなせさんの平易な言葉で綴られた詩から読者は、彼が体験した戦争の理不尽を自分のことのように感じることができるでしょう。戦争の醜さ、やりきれなさはいずれの国でも同じです。ヴェトナム戦争で、第二次世界大戦の独ソ戦やヨーロッパ戦線で、男性も女性も言葉にできないほどの恐ろしい体験をして、体も心も激しく傷つけられました。それは一生涯癒えることのない傷です。
「第三の扉 わたしが戦場にいる」では、日本の戦争=アジア・太平洋戦争が語られます。三木卓の「われらアジアの子」、田辺聖子の『欲しがりま勝つまでは』、茨木のり子「はたちが敗戦」、阿川弘之『雲の墓標』、遠藤周作『海と毒薬』、そして朽木祥『八月の光』——一つ一つの作品が私たちに問いかけるのは「自分がそこにいたら何を考え、どう行動しただろうか」ということ。そして、戦争は戦場で戦う兵士だけが行うものではなく、銃後の人々もみな戦争の主体なのであるという事実に気づくのです。戦争を自分事としない限り、いつまでも戦争は世界からなくなりません。小手鞠さんは、村山由佳さんのこんな言葉を本の中で紹介しています。戦争の足音が近づいていると感じられる今こそ、私たちが真剣に受け止めるべき言葉だと思います。(か)
「——あの戦争についてはすでにこれだけの資料が残されていて、語ってくれた証言者たちもたくさんいて、ノンフィクションもフィクションも膨大にある。それなのに私たちが学ばないとしたら、それは語る側じゃなく、学ばない私たちの側の問題ですよね。」(82p)
