ベスト👍 ノンフィクション
『うたうおばけ』
くどうれいん 著
講談社 刊
2023年10月13日 発行
定価682円(税込)
224ページ
対象:大人

なんでもない日々が愛おしい

日常で、「ハッ」とするシーンってどんな時でしょう。
予期せずにやってきたシーンであることには違いないのですが、あのヒヤリハットの「ハッ」ではありません。
ある時はだれかの言動に、あるいは鏡の中の自分の姿に、景色やふと蘇った記憶に……そうしたハッとしたシーンを積み重ねていくことは、本書の著者くどうれいんさん曰く、「世間や他人から求められる大きな物語に吞み込まれずに、自分の人生の手綱を自分で持ち続けることができるような気がしています」

そう語るくどうさんは盛岡在住の歌人であり作家でもある女性です。中でも、短歌やエッセイで綴られる瑞々しい感性と表現は読者の心にすっとしみわたり、手元に置いて折に触れて読み返したくなるような愛着を感じさせます。
過去にも「きになる新刊」で『桃を煮るひと』を紹介したことがありますが、今回の作品はもとは単行本だったエッセイ(現在品切れ)の文庫化。文庫版オリジナルのあとがきには、世に言う「書籍の文庫化」とは違うくどうさんならではの喜びが行間から立ち上っていて胸を打ちます。「そうか、文庫になることにそんな思いを抱くひともいるのだな」と、あなたの中の昔のあなたも言うかもしれません。

くどうさんの日常の一コマや人々とのたわいもないやりとり、例えば失恋した友だちとのある儀式、暗号を披露しあっていた高校生のスズキくんのことなどは、それが読者にとって未知の出来事や存在であるにも関わらず深い親しみを抱かせます。それは、ともすると流れ去ってしまいそうになる日々の出来事に丁寧に向き合っている姿が、私たちの記憶を優しくゆすってくれるからではないかと思います。
そうそう、「きぼうを見よう」と題された話もぜひ読んでほしい。作中のふたりがたまらなく愛おしく思えて、あなたもきっと、くどうれいんの熱烈なファンになりますよ。 (い)

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