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内容詳細

「義認」「聖餐」「聖書と伝統」など教会分裂を引き起こした神学的テーマを、両教会の対話を通して克服し、新しい「教会の一致」を模索した画期的な試み。宗教改革500年に向けて、和解と一致へと前進するために不可欠の書。

 

《著者紹介》

一致に関するルーテル=ローマ・カトリック委員会 

教皇庁キリスト教一致推進協議会とルーテル世界連盟の代表者10人ずつから構成。1967年に委員会の活動を開始し、国際レベルでのエキュメニカルな神学的対話を重ねている。これまでに発表した文書に以下のものがある。

Martin Luther: Witness to Jesus Christ (1983), Church and Justification(1993), The Joint Declaration on the Doctrine of Justification(1999).

《訳者紹介》

ルーテル/ローマ・カトリック共同委員会

日本カトリック司教協議会と日本福音ルーテル教会のエキュメニズム推進に関わる代表者から構成。1985年に発足。著書に『カトリックとプロテスタント─どこが同じで、どこが違うか』(教文館、1998年)、訳書に『義認の教理に関する共同宣言』(教文館、2004年)。

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書評

真の「宗教改革」の実現を目指して

西原廉太

 昨年一一月三〇日、東京、関口にあるカトリック教会マリア大聖堂で、世界のエキュメニズム史においても特筆すべき大礼拝が行われた。第二ヴァティカン公会議、「エキュメニズム教令」発布五〇年を記念して、日本カトリック教会、日本福音ルーテル教会、そして日本聖公会の三教会での合同礼拝が実現したのである。この背景には、世界的な枠組みでも、ローマ・カトリック教会とルーテル世界連盟、ルーテル世界連盟とアングリカン・コミュニオン(世界聖公会)、アングリカン・コミュニオンとローマ・カトリック教会が、それぞれ国際レヴェルの教会間対話を長年積み重ねており、日本国内でも同様の対話関係があることに加えて、日本というコンテキストの中で、この三教会はより近接した繫がりの内にあった、ということがある。本書の書評の機会が、聖公会に属する私に与えられたのも、このトライアングル教会間対話の結び合いの一つの結果であるとも言えよう。

 本書は、四〇年以上の歴史を有する、ローマ・カトリック教会とルーテル世界連盟間の国際対話である「一致に関するルーテル=ローマ・カトリック委員会」が二〇一三年一〇月に発表した文書の邦訳である。ローマ・カトリック教会とルーテル世界連盟は、一九九九年にドイツ・アウグスブルクにおいて、歴史的合意である「義認の教理に関する共同宣言」を公式調印したが、この共同宣言の草案を策定したのも「一致に関するルーテル=ローマ・カトリック委員会」であった。

 一五一七年一〇月三一日、マルティン・ルターは、ドイツ、ヴィッテンベルクの城教会において『九五箇条の提題』を掲げたが、この日こそが宗教改革が開始された時とされる。すなわち、来る二〇一七年一〇月三一日には、宗教改革五〇〇年を迎えることになるが、その時を、ルーテル教会のみならず、ローマ・カトリック教会も共に記念する、というのである。当然ながら、これまで、宗教改革記念の節目の機会は何度もあったが、重要なことは、ローマ・カトリック教会とルーテル教会が共同で宗教改革を記念するのは、歴史上初めての出来事となる、という点である。それは、第二ヴァティカン公会議によりカトリック教会の他教会への眼差しが大きく転換したことと、ルーテル側においても、歴史的認識の深化があり、信仰・職制・神学・教理といった諸点にわたる合意が地道に形成されていったことの果実に他ならない。

 本書は、この宗教改革五〇〇年を、両教会が共に祝うための基礎的共通資料であると同時に、全世界の諸教会に連なる者たちにとっても、貴重な神学的基盤を提供するものとなっている。本書において中心的に論じられるのは、そもそも宗教改革とは何であったのか、宗教改革期に論じられた問題は、現代に生きる私たちにとっていかなる意味を有するのか、という真摯な問いである。ことに第四章「ルーテル教会とローマ・カトリック教会の対話に照らして見たマルティン・ルターの神学の主要テーマ」は、分量的にも本書の半分以上を占めており、中核的議論が提示されている。本合意文書が中心的に焦点を当てているのは、実は、ルーテル教会神学一般にではなく、マルティン・ルター個人はいったい何を考え、何を語り、何を目指そうとしていたか、に対してである。例えば、本書第一九九項には、このような記述がある。「ルター自身は稀にしか『聖書のみ』(sola scriptura)という言い方をしなかった。彼の主たる関心は、何ものも聖書以上の権威を主張することができないという点にあった」。

 ルターは、教会の一致を乱し、自分たちのセクト的「教派」を作ることを目指したのではなく、あくまでも自らが「普遍教会」(catholic church)に繫がる者として、全公会の包括的な改革を求めたのであった。したがって、ルターの願った真の「宗教改革」は、教会が分裂していては永遠に完成されることのないものである。それゆえに、教会の交わりと一致を再び回復していくことは、本当の意味での宗教改革の実現を意味することに他ならない。

 私たちも、「すべてのキリスト者のいっそう深い交わりへと進む道をわれわれと一緒に歩んでくれるようにと、すべてのキリスト者に呼び掛ける」という本書の招きに応えて、共に、宗教改革五〇〇年の時を迎えたい。

(にしはら・れんた=立教学院副院長・立教大学文学部長)

『本のひろば』(2015年10月号)より